FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

The Seduction of Water/CAROL GOODMAN

Seduction Of Water

Seduction Of Water

 キャロル・グッドマンは、ハヤカワ・ミステリ文庫から『乙女の湖』という学園を舞台にした文学的サスペンスが出版されている。現在のところ、それが唯一邦訳されている作品だ。
 この゛The Seduction of Water゛も現在と過去がしきりに行き交う文学的サスペンスだ。大学講師アイリスの母、ケイはハドソン河の近くにあるホテルでメイドとして働いたあと、支配人だった父と結婚し、それからファンタジー作家となった。水の妖精を主人公に配置し、愛と盗みと復讐をテーマとした三部作の、第二作まで仕上げたのち、死んだ。
 凡庸な死に方ではない。コニーアイランドのドリームランドというホテルに他の男の妻として宿泊していたところ、火災に巻き込まれて生命を落としたのだ。ケイは、アイリスやアイリスの父がまったく知らない、ジョン・マックリーンという男の妻ということになっていたのだが、当の男の姿はなかった。母は一人で死んだのだ。
 それからときは流れ。アイリスは、アメリカに来たばかりの移民や、美術学校の学生や、囚人に、英語や英語での創作方法を教えながら、心の中に作家になる野心を秘めていた。
 そんなとき、フィービ・ニックスという編集者が、ケイについて原稿を書かないかと依頼してくる。フィービ自身、母親のベラは高名な詩人だ。フィービが幼いときに自殺している。フィービの父親の兄、ハリー・カロンは、辣腕で知られるホテル経営者だ。
 そして夏、以前より経営が思わしくなかった実家のホテルが、カロンによって買い取られた。加えて母のかつてのエージェント、ヘッダ・ウルフが、母は三部作すべてを完成させていて、ホテルにその原稿があるのではないかと言い出す。
 アイリスは生徒を何人か連れ、実家のホテルへと向かった。アイリスは母親について、詳しいことを知らなかった。特に二十五歳で、ホテルのメイドとしてこの土地に現れる以前、どんな生活をしていたかを。
 かつてこのホテルで起きた盗難、列車から飛び降り自殺したマックリーンという名字の若い女性の存在、そして母の死、そしてアイリスたちの眼前で起きたホテル関係者の殺人事件は、いかなる繋がりを持っているのか。
 当方好みの、「過去の罪は長い尾を引く」タイプのミステリだが、文芸的なサスペンスにありがちなことに、事件が起きるまでがとにかく長い。第一部はほとんどアイリスの日常生活を書いているのみで、読んででややつらかった。調査が本格的に始まる第二部からようやく楽しめる。
 ホテルという非日常の舞台と、ケイが書き、アイリスが教える、美しくも冷酷な面を併せ持つファンタジー、妖精物語という小道具が、物悲しい雰囲気が漂わせているミステリ。結構面白かった。

乙女の湖 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

乙女の湖 (ハヤカワ・ミステリ文庫)