FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ふりだしに戻る/ジャック・フィニィ

ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)

ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)

 スチュアート・ウッズ『警察署長』同様、傑作との前評判を聞き過ぎていたために、手を出しづらかった小説である。
 ニューヨークで暮らす若きサラリーマン、サイモンは唐突に政府の秘密プロジェクトの参加を誘われる。それは過去の町並みを完全に再現し、その中に身を置いたものが当時の人間になりきりことによって、その時代へと移動するというプロジェクトだった。「そんなことで時代を超えることができるの?」という読者が首をひねるのをよそに、サイモンは喜んでプロジェクトに参加する。実は彼には過去のニューヨークに飛んで、真実を確かめたいことがあった。ガールフレンドであるケイトの養父の父親クリーヴランド大統領の補佐官だったカーモディの死についてだ。彼の死は自殺だと言われている。しかしその場には焼け焦げた、忌まわしい文面の手紙が残されていた。この手紙と、カーモディの死の関りは?首尾よく目指す一八八二年、真冬のニューヨークに飛んだ彼は、この時代の都市そのもののような無垢で心温かき乙女、ジュリアと出会う。ジュリアに心惹かれつつカーモディの身辺を探るサイモン。それは同時に彼が過去の時代である陰謀に巻き込まれることを示していた。
 いともロマンティックな都市小説。前記の通り、ミステリの要素もある。面白いことは面白いものの、傑作という表現を使うことがためらわれるのは、あまりにも強い感傷性ゆえ。主役はサイモンではない、一八八二年のニューヨークだ。サイモンが描いたとされるイラストレーションもたっぷりと入っており、懐古趣味のある向きにはたまらないだろう。
 最後のサイモンの決断には、「気持ちは分かるが、ちょっとひどいんじゃない」と思う。ネタバレになるので詳しく書けないが、あの行為があるからこそ、タイトルが『ふりだしに戻る』なのだろうか。

ふりだしに戻る (下) (角川文庫)

ふりだしに戻る (下) (角川文庫)