FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

影/カーリン・アルヴテーゲン

影 (小学館文庫)

影 (小学館文庫)

 ここ一年ほど読んだ小説の中で、もっとも暗い物語である。アルヴテーゲンのミステリ作家としての技巧が際立ってうまい(真実を小出しにして読者に見せているのだが、その手さばきに驚嘆)だけに、絶望的なほど陰鬱な雰囲気が漂っている。人間の堕落を描いた小説で、スウェーデンナチスの関係についても触れられている。
 いつものアルヴテーゲンの作品と同じく、崩壊した家庭が幾つも出てくる。その中心となるのは、高潔な性格で知られるノーベル賞作家、今は脳疾患で寝たきりのアクセル・ラグナーフェルトと、彼の名声のおこぼれで生活しているその息子ヤン=エリック。父親と息子はそれぞれの妻との関係は冷え切っており、各々の子ともうまくいっていなかった。
 物語の幕はある幼い少年が捨てられ、そののちラグナーフェルト家で長く働いた家政婦イェルダが亡くなった場面で始まる。捨て子の少年が成長した姿であるクリストファーは自分がなんらかの形でイェルダに、そしてラグナーフェルト家に関わりがあることを知って調査を始める。アクセルは、息子でさえ知らない秘密をいくつも持っていた。クリストファーの正体、アクセルとイェルダがひた隠しにしてきた過去、ヤン=エリックの妹、アニカはなぜ若くして死んだのか……それぞれの謎は少しずつ、少しずつ明らかになっていく。
 完璧な善人は出てこないが、完璧な悪人も出てこない。だからこそいっそう、なにかの歯車が狂い、人間性を腐敗させてしまう様がひどくおそろしく感じられる。
 力作。アルヴテーゲンの作家としてのキャリアの上でも代表作となるだろう。