FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

もう誘拐なんてしない/東川篤哉

もう誘拐なんてしない

もう誘拐なんてしない

 笑ってしまうのが思わず悔しい、脱力ギャグ満載の秀作ミステリである。赤川次郎のユーモア・ミステリをもっさりとさせたような発端に辟易とさせられるが、そのうちに見事な造りに感嘆のため息をつくこととなる。
 大学生の翔太郎は、アルバイトの最中、零細ヤクザ組織の組長の娘、女子高生の絵里香の誘拐に巻き込まれた。それも被害者としてではない、加害者として。妹の手術代を手に入れたがっていた絵里香にせがまれ、狂言誘拐を仕組むことになったのだ。
 一方、絵里香の実家である花園組では、絵里香の姉である皐月が頭を悩ませていた。
皐月はまだ二十代のうら若き女性だが、組のヤクザというヤクザ(といっても実質は七人だけなのだが)は組長の周五郎より、彼女を慕い恐れている。周五郎自身が実際の組長は皐月なのだと情けなくも認めている。皐月の心にひっかかっているのは、ある印刷所で見つけてしまった偽札の山だった。そこに絵里香の誘拐という、さらなる難題がふりかかる。
 金銭を奪いたい絵里香達、絵里香を取り戻したい皐月達、彼らの頭脳戦の最中にどちらも予想だにしなかった殺人事件が発生するのだ。
 舞台となった土地の特徴をよく活かした身代金受け渡し(&殺人事件の解明)が実にきれい。ネタバレになるために詳しく書けないが、「なぜこの方法を殺人犯が取ったのか」にも膝を打った。
 東川篤哉石持浅海と並び、安心して読める作家……それぞれ東川篤哉はおっさん臭さに、石持浅海は特異な倫理観に対する嫌悪感を抑えることができれば……になった。
同じく「カッパ・ワン登竜門」組で、著作数が少ない林泰広相原大輔の活躍が望まれる。