FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

あなたの夢に染まる丘/カーラ・ケリー

あなたの夢に染まる丘 (ラベンダーブックス)

あなたの夢に染まる丘 (ラベンダーブックス)

 カーラ・ケリーの作品は決して派手ではない。ヒストリカルロマンスによくあるよう、大都会で、高貴な家柄に生まれた美男美女が華やかなラブロマンスを繰り広げるといった、そういう作風ではない。
 しかしどこか古風で静かな雰囲気を漂わせながらも、しみじみと心に迫るものがあり、忘れがたい作家である。
 十九世紀英国。スーザンは生まれはいいものの、ギャンブル中毒の父親のため、財産を失い、社交界にデビューする契機をも失っていた。希望を持たせては失望させる父親をついに見放したのは、スーザンが取り上げられまいと隠し持っていた、母の形見たる装身具を盗んで売ったからだ。
 スーザンは自立を目指し、家を捨て、住んでいた土地を離れ、職業安定所を通して、コッツウォルズに住む気難しい老婦人レディ・ブシュネルのお付きの仕事を手に入れる。スーザンは荘園の管理人であるディヴィッドと恋に落ちるが、落魄したとは言え、貴族の娘であるスーザンと、かつては貧しい孤児だったディヴィッドとは身分違いの恋だった。
 通常、甘ったるいヒストリカルロマンスでは、「身分違いでも、ちょっとした確執があるのみで周囲からあっさり許される」、「ヒーローも実は高貴な生まれだった」などという展開になるのだが、カーラ・ケリーの作品ではそんなことはならない。二人の結婚を知った、スーザンの父親やその親族の振る舞いは実にリアル、つまりは酷薄かつ情け容赦ないものである。
 この二人の恋に、スーザンが少しずつレディ・ブシュネルに認められていく様子、ブシュネル夫人の夫と娘、息子の三人の死の謎、そしてスーザンにこの仕事を斡旋してくれた片腕のユダヤ人、職業紹介所の経営者ジョエルと、ディヴィッドやブシュネル一族とのある関係が描かれる。
 大きな要素の一つである、レディ・ブシュネルの息子、軍人だったチャールズの死の真相を巡る展開には実に読み応えがある。
 これまで、『ふたたび、恋が訪れて』と『放蕩貴族を更生させるには』が、同じく幻冬舎ラベンダーブックスから出版されているが、どちらもいい。この『あなたの夢に染まる丘』も同様に、傑作である。カーラ・ケリー、恐ろしい作家だ。
 

ふたたび、恋が訪れて (ラベンダーブックス)

ふたたび、恋が訪れて (ラベンダーブックス)

放蕩貴族を更生させるには (ラベンダーブックス)

放蕩貴族を更生させるには (ラベンダーブックス)

↑カーラ・ケリーの作品は傑作揃い。