FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ローラ・フェイとの最後の会話/トマス・H・クック

ローラ・フェイとの最後の会話 (ハヤカワ・ミステリ 1852)

ローラ・フェイとの最後の会話 (ハヤカワ・ミステリ 1852)

 追憶もののトマス・H・クックの著作の主人公には、おおよそ幸福な人間はいない。大抵魂の安寧を失い、孤独で、感情的に干からびた生活を送っている。
 本書のようにたとえタイトルに「記憶」が入っていなくとも、「記憶もの」の主人公はおおもと大人の男性で、彼には過去になんらかの大きな悲劇に見舞われており、そのせいで心の一部を失ったことが冒頭から暗示されている。
 この『ローラ・フェイとの最後の会話』の主人公、ルークも同じだ。彼は眠り、停滞し、未来などなにもないように見える、みすぼらしい田舎町の故郷を飛び出し、ハーバート大学へと進学し、歴史学者となった。しかし、彼の書くものからは、若い頃のような、たぎるがごとく情熱は失われていた。
 講演のため、セントルイスを訪れたルークは、ローラ・フェイ・ギルロイという女性と、二十年ぶりに再開する。ローラは、ルークの一家にとっていわば「運命の女」だった。ハーバート大学―と進学する前、高校生だった頃、ルークは父を亡くし、母を亡くし、ローラの身内も死んだ。そしてルークは故郷を捨てた。
 その経緯が薄い紙を剥がされるよう一枚、また一枚と明らかになっていく。当事者の一人だったルークでさえ知らなかった真相を知らされ、ルークも、そして読者も驚愕させられる。
 トマス・H・クックの著作に触れるたび、常に書いているような気がして面目ないのだが、彼は読者を焦らすに焦らすが、決して飽きさせない作家である。文章と、人物描写力、そして情報を小出しにする分量とタイミングがよほどうまいのだのろう。
 傑作。相変わらず暗いが、彼の作品としてはまだ救いのある方である。