FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ユリゴコロ/沼田まほかる

ユリゴコロ

ユリゴコロ

 帯に「家族愛」だとか、「感動」だとか、「涙」だとか、そういった言葉、あるいはそういったものを連想させる言葉を記したミステリは、手に取らないようにしている。だが、周囲の評判があまりにも良いので手にとってしまった。
 面白かった。恐ろしい牽引力を持つ物語で、ある邪悪な登場人物(連続殺人鬼)の最後の描写には不覚にも感動してしまった。
 犬も運動できる喫茶店を経営する、ある青年の身の上にふりかかってはた不幸はなみならぬものだった。結婚を約束していた女性がいきなり失踪し、父親は癌になり、そして母親は交通事故死で生命を失った。今残っているのは、陽気な弟と、店と、店で働いてくれる人間のみだ。そんなあるとき、青年は自宅で手記を見つけた。それはある一人の人間がそれまでに犯した殺人を、ただ淡々と綴ったものだった。あまりにも迫真性が感じられるそれは、家族の誰かが書いたものなのか。
 そう言えば青年は子供の頃に一度、母親が別人と入れ替わったような感じを受けたことがある。あの一件と、この殺人鬼の手記は関連があるのか。青年は手記を書いた人間、そしてかつて母親に感じて違和感の正体を探るべく、動き出す。
 とりたてて変った試みをしているわけではないし、手記を書いた人間の正体にも意外性は感じないのだが、それでも十分面白いということは作者の力量のためだろう。
 傑作。