FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

エルサレムから来た悪魔/アリアナ・フランクリン

エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫)

エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫)

 女性検死官が、子供ばかりを狙うサイコキラーと対決するミステリ小説、と言ってしまえば、とてもありふれた設定のもののように感じられるが、この『エルサレムから来た悪魔』は新鮮だ。なにせ舞台がヘンリー二世が治める、十二世紀のイングランドなのだから。
 一一七一年イングランド。幼い子供たちばかりが拷問されて殺されるという、陰惨な事件が続いた。人々はこれといった証拠もなく犯人をユダヤ人だと決めつけていており、ユダヤ人はリンチや排斥運動に怯えていた。だがヘンリー二世はユダヤ人を国から追放するつもりなどさらさらない。経済力のある彼らがいなくなれば、税を絞り取ることもできなくなり、イングランドの財政が破綻する。
 ヘンリー二世は、死者を見る術を心得た医師と、優秀な調査官を求めた。医師とその召使、そして調査官はシチリア王国からやってきた。シチリアにある医科大学では、女性も医学を学ぶことが認められている。そして若き医師アデリアは、イングランドでは異端視される「外国人」そして「女医」だった。
 これらのハンデを負いながらも、アデリアは殺された子供たちのため、そして真相をつきとめるため、調査を始める。中途、犯人からの反撃を受け、彼女自身も精神的にひどいダメージを受けながら。
 時代や国は違うものの、同じ歴史本格ミステリのヒロイン、ピーター・トレメイン描く修道女フィデルマはあまりにも完璧超人すぎて、いま一つ感情移入しにくいのだが(なにより作者が地の文でヒロインを賞賛し過ぎ)、こちらは作者と登場人物の間にほど良い距離があり、素直にその活躍を応援できる。それにアデリアは知的で快活でありながら、人間臭い面も見せる。
 読もう読もうと思いながら手をつけることがなかった本だが、もっと早く読めば良かった。思っていたよりも、ずっと面白かった。上下巻の文庫本をだれずに読ませる筆力はなかなかのものだ。
 ヒロインとある登場人物との、ロマンス小説としての要素も、下巻から出てくる。
 この女医アデリアはシリーズものである。本作で強烈な存在感を放っていたヘンリー二世の愛妾が毒殺され、王妃が疑われる第二作『ロザムンドの死の迷宮』が同じく東京創元社から四月以降に出版されることが決まっている。めでたい。

エルサレムから来た悪魔 下 (創元推理文庫)

エルサレムから来た悪魔 下 (創元推理文庫)