FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

一度の夏では足りなくて/スーザン・ウィッグス

一度の夏では足りなくて (MIRA文庫)

一度の夏では足りなくて (MIRA文庫)

 繊細な心理描写が卓越している作家。同じMIRA文庫から出ている『あの日の風が恋しくて』はミステリ小説的な仕掛けのある佳作だった。この『一度の夏では足りなくて』にはそういう仕掛けはないが、男女の恋愛のみならず家族愛までもがしっかり描かれた、いい作品だ。
 九歳の息子アーロンを連れ、家族が所有する湖畔のコテージを訪れた若きシングルマザーのケイト。彼女は新聞記者の職をリストラされたばかりで、気が滅入っていた。コテージでつらい過去を背負う家出少女カリーと出会い、彼女を家族の一員として受け入れる。謎めいた隣人JDにも心ときめかせる。
 だがケイトは気付かなかった。JDは元軍人(陸軍特殊部隊の衛生兵。救急救命士でもある)で、勤務先の病院に訪れた大統領を、頭のおかしい男から咄嗟に救ったためマスコミによって英雄に祭り上げられた男性だった。パパラッチに追い回され、プライバシーをすべて失い、連絡を断っていた身勝手な肉親までもが眼前に現れたため、人目を逃れる目的で湖畔のコテージを訪れていたのだ。
 JDの変装は巧みであるため、ケイトは惹かれる男性が合衆国中で騒がれている有名人であることに気付かなかった。二人は愛し合うようになるが、互いに様々な事情を抱えた身ゆえ、恋愛はスムーズには進まなかった。
 ヒーローが完璧超人でないところがいい。JDはケイトが元新聞記者のライターだと知り、彼女までもが自分を記事にし、金銭と名声に変えるのではないかと一時とは言え疑いを抱く。そんな人間臭さがかえって好ましい。男女の色事しか頭にない登場人物ばかりが出てくるロマンス小説より、ずっと地に足の着いた印象を与えるからだ。
 落ち着きのある佳作。

あの日の風が恋しくて (MIRA文庫)

あの日の風が恋しくて (MIRA文庫)