象は忘れない/アガサ・クリスティー
- 作者: アガサクリスティー,Agatha Christie,中村能三
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/12/01
- メディア: 文庫
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クリスティー女史八十二歳のときに書かれた作品で、クリスティが執筆した順番で言うならば、ポアロが登場する最後の長編である(『カーテン ポアロ最後の事件』は出版されたときよりずっと早く、第二次世界大戦のときに書かれているから)
当方好みの「過去の罪は長い影をひく」タイプのミステリで、そのものずばりこの言葉が「第一部 象」の章ので小タイトルとして使われている。
女性ミステリ作家アリアドニはパーティーの際、見知らぬ中年女性に声をかけられた。彼女の息子デズモンドが、アリアドニの名づけ子シリアと結婚するという。問題があった。シリアの両親レイヴンズクロフト夫妻が無理心中という形で生命を失っている点だ。この無理心中、夫が妻を殺して自害したのか、あるいは妻が夫を殺してみずからの生命を絶ったのか。そしてその動機とは。
人によっては「どっちだっていいじゃないか。二人が亡くなっていることには代わりはないんだし」というであろう事件を、ポアロとアリアドニは追う。当時の夫妻のことを覚えている人間を一人一人訪ね歩き、彼らのことを尋ねるのだ。
再読なので真相は覚えていたのだが、そこに到達するまでの過程が美しい。クリスティーの作品の中でも決して派手な内容ではない。前記のストーリー上、会話がほとんどなのだが、その内容のさりげなさ、雰囲気の静けさ、真実の物悲しさにおいて稀有の作品。『象は忘れない』という神秘的なタイトルもいい。今更ながらクリスティー、天才である。
「わたしたちは人間ですからね、ありがたいことに、(象と違って)人間は忘れることができるんですよ」というアリアドニの締めの台詞も素敵だった。