FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

生きている過去/アンリ・ド・レニエ

生きている過去 (岩波文庫)

生きている過去 (岩波文庫)

 詩人でもあり、小説家でもあったレニエの典雅な小説。いかにも世紀末に生きた作家らしい、頽廃と破滅の香気が漂っている。
 豪奢な邸宅で怠惰な生活を送っている青年貴族ジャンは、俗世には生きられない人間だった。彼が夢見ていたのは過去、貴族が貴族らしく暮らすことのできた時代だった。新興成金たるアメリカ人娘ワトスン嬢と結婚を奨められていることが、彼のそうした性向にいっそう拍車をかけていた。ジャンの従兄モーリスはジャンとは正反対の男だった。新時代を愛し、最新流行の事物、例えば電話やら自動車やらを駆使してビジネスに励んでいた。モーリスの妻となったのは、貴族の誇りを捨てぬ女アントワネット。ジャンはアントワネットに惹かれる。百五十年前、ジャンの祖先ジャンが、アントワネットの祖母アントワネットに惹かれたことを繰り返すように。
 古い家具の中から、ジャンの祖先ジャンが、アントワネットの祖母アントワネットに宛てた恋文が見付かるシーンの美しいこと、この上なし。宿命的な恋と、その無残な結末を描いた耽美的な作品である。ジャンの性格に苛々しなければ、この世界には浸れるはず。