FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ラットマン/道尾秀介

ラットマン

ラットマン

 『ソロモンの犬』で「『バ』……『べ』……」の真相を知った瞬間、本を壁に向かって投げつけようかと思った。ネタバレになるから詳しく書かないが、他にも本を壁に向かって投げつけたくなる箇所はあった。
 だからこそ、最新刊『ラットマン』を手に取るのは不安だった。まだ本を壁に投げつけたいという衝動にかられ、道尾秀介という作家に対する愛着まで失ってしまったらどうしよう、と。
 だが、その不安は杞憂に終わった。
 二十代の終わりの姫川は食品会社に勤務している。高校生以来、友人達と結成したアマチュアロックバンドを続け、当時のメンバーだったひかりとは現在にいたるまでずっと恋人同士だ。しかし、ひかりとの関係はどうもしっくりといかず、姫川は悩んでいた。恋愛以外にも姫川の心を苦しめているものがある。
 姫川が小学校一年生のとき、二歳年上の姉が自宅で死んだ。当時、自宅には死病を抱えた父と、その看病にやつれた母がいた。
 姉が死んだとき、父がしたこと、母がしたことが姫川の心の食い込んで離れないのだ。そしてスタジオで事件が起こり、姫川は当時の苦しみを思い出す。そして彼はそのとき、あの人と同じ行動を取ったのだ。
 いくらかあざとい気はするものの、読者のミスリードを誘う手口は一級品だ。それぞれの「なぜそう考え、そう行動したか」に見事な説得力がある。ラストは思わず膝を打った。
 『シャドウ』ほどシャープではなく、『骸の爪』ほどの完成度はないが、それでも傑作だ。『ソロモンの犬』のことは忘れよう。