FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ムカデ人間/トム・シックス監督

ムカデ人間 [DVD]

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 あの関西弁のヤクザは、ドイツでなにしてたんだろう。旅行だったのか、あるいは「出張」だったのか。
 マッド・ドクターによる人体改造という、古典的にして、いかにもB級めいた題材を、真に才能ある監督が撮ると、こうも恐ろしく、こうも後味が悪くなるのかと思わせる作品。
 「旅行者が、ふと迷い込んだ土地で散々な目に遭う」……トビー・フーパー監督『悪魔のいけにえ』などがその好例だ……パターンの一つだが、マッド・ドクターの犠牲者となるものは、いずれも異国の人間で、ドイツ語が理解できず、また捕まえられた三人、アメリカ人女性二人と、日本人男性一人の間でも、意志の疎通がうまくいかないという点が、さらに恐怖をかきたてる。
 アメリカ人の若い娘、リンジーとジェニー。ヨーロッパ中を旅している彼女達は、ドイツの森を車で走っている最中、タイヤがパンクしてしまい、立ち往生する。助けを呼ぼうとするも、ドイツ語が分からない。喧嘩しつつもどうにか森の中で一軒家を見つけ、助けてくれと頼み込む。
 それが三人の人間の口と肛門を繋げ、「ムカデ人間」なる奇怪な生き物を創造しようと願う、狂気の医師が住む家だったとき、彼女達の悲劇は始まった。
 手術が始まる前、どうにか逃げ出した娘が屋敷の外への脱出を試み、博士に追い詰められて失敗し、やがて捕まってしまうまでのくだりは本当に怖かった。核となるアイディアはきわものなのに、こういった細かい部分で見るものに恐怖を喚起させる術をよく心得ている。
 しかもこの映画、「目が覚めたら、自分達はこんな恐ろしいモンスターになっていました。終わり」ではなくて、「ムカデ人間」となり、博士にペットとしての生活を強制される日々も書いているから怖い。「ムカデ人間」にされた三人の誰もが、怯えつつも正気を保っているからなおさらだ。簡単に正気を手放してしまえるならば、その方が幸福なのだ。
 博士を演じたディーター・ラーザーの怪演とともに、おそらく生涯忘れることのない(忘れることのできない)映画。異形の傑作。