FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

オテサーネク 妄想の子供/ヤン・シュヴァンクマイエル監督

オテサーネク(廉価版) [DVD]

オテサーネク(廉価版) [DVD]

 以前から名前は知っていたが、この監督の映画を見るのは初めてだ。そして最初に見たのがこの作品だったことは、ひどく幸福な出会いだったように感じられる。
 タイトルの「オテサーネク」は、監督が生まれたチェコの民話に出てくる食人木のこと。映画にも、この食人木が登場する。
 ホラーク夫妻は、現代の都市部に生きるごく普通の夫婦である。ただなかなか子供ができず、二人とも、特に夫人の方が「赤ん坊を得る」ことに取り憑かれていた。
 ある日、二人が週末出かけた別荘で、ホラークはちょっとした悪戯心から、人間の赤ん坊によく似た形の切株を妻にプレゼントする。ホラーク夫人は、その切り株に異常なほどの執着心を見せた。なんと切り株が本当の子供だと信じ、オティークと名付けて甲斐甲斐しく世話をしようとするのだ。当初ホラークは妻の正気を疑った。だが事態は想像をもしなかった方向へと転がっていく。
 切株は実際に生命を得たのだ。しかもひどくグロテスクな形で。オティークは、食べる、食べる、食べる……空腹であればホラーク夫人の髪の毛を食べようとし、ついには夫妻の飼い猫をも胃の腑へと収めた。
 夫妻がどれだけ必死に食料を与えようとも、オティークの食欲は止まらない。やがて民話と同様、ついには人肉へと触手を伸ばすこととなった。ホラーク夫人の周囲で立て続けに人間が失踪したことは、当然ながら周囲の疑惑を呼んだ。夫妻の苦悩は深くなるが、彼らはなかなかオティークを「処分」することができなかった。
 狂気に満ちていて、性的な場面はさしてないのに不思議とエロティックで、グロテスクなのに同時に耽美的でさえある。が、同時に悲愴感が漂っているにも関わらず、どこか乾いたおかしみを漂わせているのは、この異常極まりない状況に陥った夫妻の壁一枚向こうで、隣人一家がつまらないながら平和な日常生活を淡々と過ごしていることと、「民話での役回り通り、これまで映画の中ではまったく目立たなかったあの人がオティークを倒すであろうこと」だ。もっとも民話と違い、救いはなさそうだが……。
 見る人は選ぶだろうが、はまった人間にはたまらないタイプの映画。このプラハ出身の映画監督の他の作品もぜひ見てみたいものである。