FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

沼地の記憶/トマス・H・クック

沼地の記憶 (文春文庫)

沼地の記憶 (文春文庫)

 あの絶望的なまで暗い「記憶」シリーズの第五作……だが、この『沼地の記憶』はこれまでの作品に比べて、比較的(あくまで比較的)絶望感の薄い内容となっている。『夏草の記憶』や『夜の記憶』で、逃げ出した人にも勧められるかもしれない。
 訪れるのは初老の郵便配達夫ぐらいという、孤独な日々を送る老人。彼は苦々しい気持ちで五十年前の惨劇を思い返す。老人の名前はジャック。アメリカ南部の名門ブランチ家の子息で、当主である父と同様教職に就いた。初々しい二十四歳の頃、彼は自分の勤務する高校の生徒の一人、エディの父親ルークが悪名高い殺人犯だと知った。ジャックはエディを励まし、救いたかった。ジャックとエディは、ルークが犯した女子高生殺人事件の調査を始める。それが複数の人間に、悲劇をもたらすことになるとも知らずに。
 相変わらず焦らしのテクニックは抜群である。老境のジャックは回想する……その回想により、「なんらかの大きな悲劇が起こったのちも、関係者の中で、この人とこの人は生き残ったんだ」など断片的な知識を得ることはできるのだが、「結局のところ、なにが起きたんだ」と肝心要のことは分からずにじりじりとさせられる。
 巻末のトマス・H・クックのインタビューで語られている通り、南部ゴシックの風格あり。陰気さと透明感の双方をたたえたサスペンスの秀作。