FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

氷の城で熱く抱いて/サンドラ・ブラウン

氷の城で熱く抱いて〈上〉 (新潮文庫)

氷の城で熱く抱いて〈上〉 (新潮文庫)

 こんなにありふれた筋立てなのに、ベテランだけあってうまいよ、サンドラ・ブラウン。
 アトランテで雑誌編集長を務めるリリィ・マーティンは離婚を契機に売り払ったコテージを整理に来て、想像さえしなかった窮地へと巻き込まれる。一つは、不意にやってきた雪嵐のため、コテージに足止めされることになってしまったこと。さらには、車で男を引っかけてしまったこと。しかもその男は、過去に惹かれ合ったことのあるライターのベン・ティアニーだった。
 リリィは怪我を負ったベンを連れてコテージへと向かい、雪嵐の中で身体を休める。やがて彼女はベンに対する恐ろしい疑惑へと苛まれる。リリィがそれまで住んでいた町では、五人もの女性が誘拐されていた。十代の少女から、夫に先立たれた熟年の未亡人まで性別以外の共通点は見つからず、町の人々は怯え、リリィの元夫、町の警察署長のダッチもひどく警戒していた。ベンは、誘拐事件との関わりを示すものと拳銃を持っていた。ベンが、連続誘拐事件の犯人なのでは。雪嵐で外界と閉ざされ、密室と化したコテージの中で、リリィは恐怖と愛情の間を行ったり来たりする。しかもリリィは喘息という持病があった。
 同じく雪嵐に襲われている町では、地元の警察のみならず、FBIの捜査官も加わり、事件の解明に挑もうとしていた。田舎町の人間関係は濃密で、その分入り組んだものだった。
 「愛する人が殺人者かもしれないと思い悩む女」、「密室で疾病の発作に怯える(薬を取りに行くことができるかどうか分らない)」、「サイコ系殺人鬼」、「狭いコミュニティでの鬱陶しい人間関係」という、陳腐な道具立てを使い、実に読ませるエンターテイメントに仕上がっている。
 S・J・ローザン『冬そして夜』のように、フットボールにのめり込み、なにがなんでも良き選手になるよう少年……このお話では実の息子……に強制する大人の男性が出てくる。なんとも言えず、息苦しい印象だ。
 熟練作家の職人芸。サスペンスもロマンスも十分に堪能できる作品。

氷の城で熱く抱いて〈下〉 (新潮文庫)

氷の城で熱く抱いて〈下〉 (新潮文庫)