FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

博物館の裏庭で/ケイト・アトキンソン

博物館の裏庭で (新潮クレスト・ブックス)

博物館の裏庭で (新潮クレスト・ブックス)

 激動の時代に生きる、ごくありふれた人々の暮らしを、非凡な筆致で描き出した作品。
 アリス、ネル、バンティ、ルビー。英国の庶民の家庭に生まれ、特に誉を受けることもなく、派手に道を踏み外すこともなく生きてきた四代の女達。彼らはどこの国でも、そしていつの時代の人間もそうするように、親との確執を抱え、兄弟姉妹と喧嘩し、将来に夢を見、肉親を愛し、異性に恋し、折々には挫折や喪失を経験し、大事な人間に先立たれ、そして己も死んでいく。彼らは第一次世界大戦第二次世界大戦の両方の時代に生きていたから、身内を戦場に送り出すこともあったし、その別れがそのまま永遠の別離となることもあった。
 書かれている人間は平々凡々(多少美しかったり、才能があったりする場合もあるが、それでも歴史に名が残る類の人間ではない)、彼らの人生経験もその時代の人間であれば平々凡々なものだ。
 時間を行きつ戻りつしながら語られる、このどこにでもいるような家族の年代記なのだが、ものすごく面白い。真面目で、どことなくとぼけた筆致がたまらない。語り手のヒロインにはその観察力の豊かさに感心するとともに、その境遇に同情する。確かにこれを売る家庭に生まれつくのは、思春期の少女としては嫌だと思うことこの上ないだろう。学校でからかうアホもいることだろう。
 いい小説で、犬好きには多少つらい場面もあり……特に戦争に使われた犬の場面は。
 傑作。