FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

出口のない農場/サイモン・ベケット

 ヴィレッジブックスから出版されている<法人類学者デイヴィッド・ハンター>シリーズで知られた著者だが、ノンシリーズものも十分と面白い。これからのライバルの出現にもよるが、現在のところ「2015年度翻訳ミステリ ベスト3」の中に、クリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』とともに食い込んでくるだろう。
 主人公が映画マニアであるせいか、いい意味で一昔前の外国の犯罪映画を連想させられる。携帯電話もパソコンもほとんど出てこない(明記されていなかったはずだが、それこそ舞台は一昔前だったのか)サスペンス小説である。
 脛に疵を持ち、当地フランスの警察から逃げ回っている男ショーンが、あるフランスの田舎の農場で狩猟用の罠にかかり、重い傷を負って死を覚悟するが、どうにか一命をとりとめる。
 助けたのは、農家の長女マティルド。優しげな女性だが同時になにか忌まわしい秘密を隠し持っているような印象を受ける。マティルドの家族は強圧的な父アルノー、小悪魔的な美少女である次女グレートヒェン、そしてマティルドの息子でまだ赤子のミシェル。マティルドの夫であり、ミシェルの父であるはずの男は影も形も見当たらなかった。
 ショーンはなんとか農場から脱出しようとあがき、時間が経過するごとに農場に潜む邪悪な真実に近付いていき、そして読者はショーンがイギリスで起こした犯罪の進行と顛末を知る。
 この『出口のない農場』はもちろんショーンにとっても逃げられない農場なのだが、このタイトルにはさらに逃げ出せない、農場に縛り付けられている人間の存在を暗示しているかのようだ。
 秀作。