FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

凍える墓/ハンナ・ケント

 英米仏ばかりではなく、ドイツやイタリアやオーストリア、そして北欧諸国のミステリが順次日本に紹介されている昨今だが、それ以外にももっと紹介されていいのではないかと思っている国々がある。
 それは英米以外の英語圏の国々、例えばオーストラリアやニュージーランドのミステリだ。トニー・ケンリックやナイオ・マーシュ、そしてパトリシア・カーロン(素晴らしいサスペンス作家!)など日本でもすでに紹介され、評価されている作家もいるが、知られざる金の鉱脈はまだまだあると思うのだ。カナダのミステリは今でもそこそこ日本に入っているが国の規模やら位置やら高い文化やらを考えればもっと数が多くてもいいはず。
 前置きが長くなったが、このハンナ・ケントはオーストラリアの作家の手によるものである。題材は、十九世紀に実在したアイスランド最後の女性死刑囚アグネス・マグノスドウティルで、小説の舞台は十九世紀のアイスランドだ。訳者による解説によると、アイスランド人ならば誰もが知っている人間だという。。
 作品には、「なぜアグネスは愛人を殺したのか」、「共犯者とされる若い男女の関係はどうだったのか」という謎があり、それはなかなか読者に明かされず焦らされるが、しかしノンフィクションに近いフィクションゆえ謎解きにそれほど重点は置かれていない。
 謎はむしろアグネス本人が抱えている。はて彼女が本当は一体どんな人間だったのか。教養と知性と感性がありながら、(当時のほとんどの人間と同じように)幼い頃から貧苦に苛まれる生活を送っていた。これは彼女が犯した罪の言い訳にはならないが、教養と知性と感性があるならば、その環境はつらさや屈辱をアグネス本人にいっそう強く感じさせたかもしれない。おまけに当時には宗教というがんじがらめの鎖がある。
 死刑囚を生まれ故郷の農家……役人とかじゃない……に預け、労働をさせるという習慣にも驚いた。これ、死刑囚が農家の人たちに害を与えるとか考えなかったんだろうか。
 また知人から行政長官に死刑台の置き場所や素材(!)について細かい指定があったり、処刑人に自宅裏で秘密裡に死刑の特訓を受けるように指令が下ったり(!!)、不謹慎ながらブラックユーモアを感じてしまうところもままあった。
 女性死刑囚という陰鬱な題材を扱いながら、不思議と新鮮味や強靭さを感じられる一冊。