神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件／愛川晶

道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳 [ミステリー・リーグ]

　かつて『六月六日生まれの天使』を読んでマイナスの衝撃を受けて以来、愛川晶のミステリを読んだことはなかった。このシリーズ第一作を手に取ったのは、評判がいいからだ。
　愛川晶はこのシリーズを書くに当たって、多くの縛りを己に課したようだ。
　まずは落語絡みの本格ミステリでなくてはならぬ。ライバルの多いジャンルである。北村薫、大倉崇裕、田中啓文。いま咄嗟に名前が上げられるだけでも三人おり、しかも誰もが個性を生かして優れた作品を書いている。
　そして事件と捜査の過程を落語家の寿笑亭福の助（そしてその妻、亮子）が、脳血栓で倒れた山桜亭福遊に話し、頭脳は変わらず明敏であるものの、後遺症のため言葉をまだ自在に話すことの出来ない福遊が断片的な単語で真相を福の助に示さなければならぬ。
　なにより難しいのだが、解決は福の助が古典落語を高座で語ることによって、読者に明らかにしなければならぬ。古典落語に自分なりの演出を加え、その演出が関係者にのみ「これがあの事件の真相だったのか」と分かる仕掛けになっている。
　とっても珍しい。しかし、これほど個性的な「真相の発表方法」も他になく、いい意味で大変なユニークさを感じられる。作中で扱われる落語の中にも陰惨な、もしくは結構お下劣なものもあるにも関わらず、これまでの愛川晶のミステリにはない格や品性さえうかがわれる。
　評判を取るのもよく分かった。