渇きと偽り/ジェイン・ハーパー
5月22日に感想をアップしたアトム・エゴヤン監督『手紙は憶えている』
(http://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/20170522)
はおそらく2017年、私が見た映画でおそらくもっとも面白いミステリ映画となるだろうが、このジェイン・ハーパー『渇きと偽り』はもっとも面白いミステリ小説の一つに、きっとなる。
オーストラリアの新星によるデビュー作ではあるが、デビュー作とは思えぬ骨太の物語と犯人当ての楽しさで読ませる作品だ。
メルボルンの連邦警察に努めるフォークが二十年ぶりに帰った故郷で、人々はひどい干ばつのため苦しんでいた。かつて恋していた少女が死に、しかも少女殺しの犯人ではないかという疑惑をかけられ、石もて追われるがごとく、父とともに逃げ出した故郷だった。二十年という年月が経過した今でさえ、フォークを白眼視するものはまだいる。
苦々しい思いを抱きながらも故郷に舞い戻ったのは、親友の葬儀のためだ。しかも親友はまだ赤ん坊だった娘以外、妻と幼い息子を殺し、自殺したというのだ。しかし本当に親友が犯人だったのか。
甘くもあり、苦くもあった過去の青春時代とその酷い終焉、干ばつによる大地の渇き、そして干ばつが土地の人々にもたらした生活苦、田舎特有の閉鎖的な人間関係、いまだフォークを犯人と信じる人々の嫌がらせ、すべがひりつくような苦しさを持つ物語である。その中でひたむきに謎を追い、鮮やかな解決をもたらすフォークの姿が一服の清涼剤となっている。
傑作。
手紙は憶えている/アトム・エゴヤン監督
これはネタバレを必死に避けて見たかいがあった。面白いミステリ映画だった。ひょっとして今年でナンバーワンかもしれない(去年見たものの中でナンバーワンインドのミステリ映画、スジョイ・ゴーシュ監督『女神は二度微笑む』だった)。
見事なミステリ映画であり、完成度の高い復讐物語である。高齢者のナチスへの復讐という点でミステリ小説、ダニエル・フリードマン『もう年はとれない』をふと連想したが、実際に見てみるとずいぶんと趣が異なっている。
認知症の老人が妻を失ったことを契機に、かつて強制収容所で自分たちユダヤ人を虐殺した元ナチスの男に復讐をしようという映画である。復讐したい男はユダヤ人になりすまし、平和な日常生活を送っていたらしい。
元ナチスの男かもしれない容疑者は複数いて、主人公の老人はどの男が本人なのかを確かめるため、老人ホームを脱出し、候補者を一人一人訪ねて歩く。すぐ記憶が飛んでしまうため、手紙と、脱出したホームに残った相棒との電話を頼りにしながら。
主人公が認知症という設定の「信頼できない語り手」の物語である。主役の老人もさることながら、パートナーである、もう一人の老人は、足以外は一見しっかりしているように見えるが、彼だって本当に正気なのかどうか見る者には分からない。
しかしラストに現れた復讐の図、なぜこの時点で、この追跡が行われなければいけなかったのかがはっきりと分かり、慄然とする。
見事な「操り」テーマのミステリ映画。ちりばめられた伏線もお見事。傑作。
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愛のメモリー/ブライアン・デ・パルマ
『アンタッチャブル』、『ミッドナイトクロス』、『ファム・ファタール』、そして『愛のメモリー』。デ・パルマの作品を見るのは4作目だ。『ボディ・ダブル』は見ようとしたことがあるが、中途で投げた。
『ファム・ファタール』もある意味では忘れられない作品だが、さらに忘れられないのは『ミッドナイトクロス』で、「え、それをそこで使って映画を終わるの?」という大きな衝撃が今も心の内側に深く刻みつけられている。生きているうちにどれほどの数の映画を見ようが、あまり出くわすことのない類の怪作だと今でも判断している。
このたび見た『愛のメモリー』は、私の偏見かもしれないが、デ・パルマ作品として際物ぶりがあまり感じられず、どちらかと言えば上品なサスペンス映画である。
アルフレッド・ヒッチコックから影響を受けたデ・パルマらしく、ヒッチコック監督の『めまい』や『レベッカ』を思わせる内容で、真相や黒幕の見当はつくものの、それでもただの模倣に終わらぬ独特の魅力があり、特にクライマックスの場面がいい。
アメリカ南部の富豪マイケルはパーティーの晩、妻と幼い娘を誘拐され、失った。それから十六年ののち、イタリアを訪れた彼はなくした妻そっくりの女性と出会い、惚れ込み、花嫁とするためアメリカに連れて帰る。しかし、再び妻となるはずの女性が誘拐されるのだ。
マイケルはアメリカ南部の大富豪という設定なのに、屋敷が小さく安っぽいのが残念だった。ここはもっとゴージャスに行こうよ。
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屍憶 −SHIOKU−/リンゴ・シエ監督
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井上雅彦が監修していたホラーアンソロジー「異形コレクション」の28巻目は『アジアン怪綺(ゴシック)』だったが、ふとそのタイトルを思い出した、エキゾチックで恐ろしく、そして魅力的なホラー映画。ミステリとしての仕掛けもある。アジアのゴシックホラーもいいな。花嫁衣裳をはじめ赤の使い方で効果的でとてもきれい。
日本・台湾合作ホラーだが、舞台は台湾で、登場人物もほとんどが台湾の人々である。TVプロデューサーの若い男性は恋人との結婚を控えつつ、死者との婚姻、土地の古い風習である冥婚について取材を進めていた。公園で赤い封筒を拾ったときから、彼の周囲に不思議な現象が起こるようになる。一方、霊感を持つ女子高生も周囲の超常現象に悩まされていた。一見なんの関係もなさそうな二人の運命の糸が絡み合ったとき、恐ろしい真実が明らかになる。
美しく忌まわしい冥婚譚の佳作。韓国やタイのホラー映画は見かけるが、台湾のホラー映画はまだ見る回数は少ないので、他のアジアのホラー映画とともにもっと入ってきてほしい。
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