FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄/ウーリー・エデル監督

 設定だけ聞くといかにも面白そうなのに関わらず、実際に触れてみると「あれ、思っていたのとちょっと違う」という創作物がある。このニコラス・ケイジ主演のこの映画もその一つで、ホラーというよりダークファンタジーと呼んだ方がふさわしく、後半ではアクション場面が多くなる。だがダークファンタジーと言っても、「ハロウィンの生贄」という副題から想像されるほど陰惨なところはない。
 ハロウィンの夜、ふと目を離したすきに、父親のそばから消えた幼い息子。息子を愛する父は調査し、何年もの間、ハロウィンの夜に何人もの子供が消えていることに気付く。そして行方不明になる寸前、息子が口にしていた「幽霊に借りを返す」という不思議な言葉が脳裏に蘇る。
 物語の展開にそれほど魅力がないのも残念。全編を通して血なまぐさい部分も、おぞましいシーンもほとんどない。ハッピーエンドだし、それほどえぐくないし、家族で気楽に見るにはいいかも。

ディープ・サンクタム/アルフレッド・モンテーロ監督

 スペインのホラー映画。フェイク・ドキュメンタリー形式の作品。
 失礼ながらさして大きな期待をせずに見始めたのが、これは思わぬ掘り出し物だった。モンスターや殺人鬼などはまったく出てこないが、それでも怖い。
 行先を誰にも告げずに旅に出た五人の若者たち。浜辺の遊びを満喫した彼らは、浜辺の近くに洞窟を見つけ、そのまま洞窟冒険としゃれこむ。ろくな装備も持たず、そしてやはり洞窟に入ったことを誰にも告げずに。
 鍾乳洞の内側は不思議な美しさを有しており、若者たちは驚き、喜んだ。しかし実のところ、彼らが入り込んだのは死の迷宮だった。中でさ迷い、外の世界へと戻る道をすっかり見失ったとき、彼らはようやくそれに気づいた。なんとか洞窟を脱出しようと試みるものの、決して電気や水分、食糧がつきていき、二人いる女性たちは特に体力を失っていく。誰も彼らがこの洞窟に入ったことを知っているものが外の世界にいないのだから、当然救助もやってこない。
 洞窟の中には彼らを襲ってくるのはせいぜいネズミぐらい、人以外の大きな敵はいないのだが、食糧になりそうな生き物もいないのだ。
 食糧がつきたとき、彼らは瀕死の仲間を殺し、残りの者で食べようとするが……。
 佳作。
 ところで、「大事な友人を殺され、自分も殺されかけ、二人目の食糧とされる寸前どうにか逃げ出し、たった一人だけ洞窟から脱出できた「あの人」は、今後どうするのだろう。彼らが洞窟に入ったことを知っている人間は、外の世界には他にいない。だから「あの人」がもし「他の四人とは旅の途中で別行動を取った、行方を知らない」と言い出したら、残るものは死んでからもあの洞窟を出ることができないのだ……」。

YOU ARE NEXT ユー・アー・ネクスト/マルタイン・ハイン監督

 オランダ産のスラッシャー映画。大学の入寮式の際、新入生を殺してしまった大学生の若者たちが、二年後に長い卒業旅行に出かけた彼らを黒いマントに銀色の仮面をつけた殺人鬼が襲う、という物語である。ありふれているとも王道とも言える。
 この映画の場合、富裕層の若い男女の享楽的な生活シーン、旅行シーンの描写に多くの時間を割かれており、この種のホラー映画としては致命的なほど物語の展開が遅い。殺人鬼が登場するのも遅ければ、なかなか人も死なない。
 パーティーやヨットレース、コンサートなど華やかで刹那的な場面の映像美や、殺人鬼に一度襲われた被害者がすぐには死なず、少しの間入院してまた友人たちの元に戻る(ミステリ映画やホラー映画だと「この程度の傷で人間が死ぬか?」という場面も多々あるのでこれは現実的だと思われる)など、いいなと思われる箇所はあるので、スピード感のなさが余計に残念である。先述の通り、オランダというお国柄ゆえかヨット遊びなど水辺のバカンスや、水辺や船の中における殺人鬼の死闘などがよく描けている。
 スラッシャー映画というジャンルが大好きな人なら見て損はしないかも。

古書贋作師/ブラッドフォード・モロー

 初めて読む作家だが当たりを掴んだ……と思ったが違っていた。初めて読む作家ではない。三橋暁の解説にあるよう、二巻からなる『幻想展覧会―ニュー・ゴシック短篇集』をパトリック・マグラアと共編著をしており、「ナディーヤへの道」という彼自身の作品がここに収録されている。私は『幻想展覧会―ニュー・ゴシック短篇集』は二冊とも読んだはずだが、ブラッドフォード・モローの作品も名前も忘れていた。情けない。
 初めて触れる彼の長編『古書贋作師』には強い印象を受ける。贋作という犯罪行為に芸術家のごとき自負心と技術力を用いて挑んでいた主人公ウィル。逮捕されたことを契機に贋作から足を洗い、愛する女性と人生をともにするようになるが、恋人の兄……やはり贋作師だった……が惨殺された事件と、謎めいた脅迫状が新生活に影を落とす。
 ミステリとして考えたとき真相には察しがつきやすいものだけれど、稀覯本の世界という一つの芸術界(と、そこに跳梁跋扈する贋作師たちの犯罪世界)の雰囲気、知的で博識であるウィルの語り口には独特の吸引力がある。ウィルがコナン・ドイルを崇拝しおり、作中で頻繁に触れるので、ミステリファンにはさらに親しみやすい作品になっている。
 佳作。

本日のお買い物

降田天『匿名交叉』。
名古屋創元推理倶楽部の例会で話題に上がっていた一冊。

紙片は告発する/D・M・ディヴァイン

 どの作品も一定の質を保っているD・M・ディヴァイン。この『紙片は告発する』も例外ではない。は地味ではあるが、登場人物とその言動の描写、彼らの織りなす物語がとてもスムーズに心の中に入ってくる。一九七〇年に発表されたにも関わらず、某議員の鬱陶しさは現在に通じるものを持っており、読んでいて苛立ち、そして気が滅入りになるほど。もちろん殺人事件とその謎解きも十分楽しめる。
 女性が職場で奮闘する様子は同じくディヴァインの『悪魔はすぐそこに』、主人公の恋愛が謎解きに、そして物語に大きな影響を与える様子は『そして医師も死す』を思わせる(謎解きの後にあの展開が待っているというところが特に)。
 町長選出を控えて揺れる田舎町の町政庁舎。周囲から嘘つきのレッテルを張られている……そして嘘つきであることは事実だった……若いタイピストのルース。彼女は職場で奇妙なメモを拾ったあと、殺された。町政庁舎に関わる人間たちはほとんど誰もが腹にいちもつ抱えており、しかも殺人事件はそれだけで終わらなかった。
 佳作。