FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

キャロル/パトリシア・ハイスミス

 パトリシア・ハイスミスの幻の作品、待望の本邦初訳である。驚異的な成功を収めた傑作『見知らぬ乗客』に続くはずの作品だったが、結局小さな出版社からクレア・モーガンというハイスミスではない名義、そして『ザ・プライス・オブ・ソルト』というタイトルで出版された。というのもこの作品がハイスミス性的嗜好が反映された恋愛小説、つまりは女性同士の同性愛の恋愛小説だったから。「そのくせに」、主人公たちが自殺したり破滅しなかったりしたから。
 そう、この『キャロル』は、ハッピーエンドを迎える初めてのレズビアン小説と言われている。
 前述の点から歴史的にも重要な小説なのだが、もっと肝心なのはこの小説が素晴らしい恋愛小説であることだ。1952年のニューヨーク、クリスマスで賑わうデパートの描写、店員と客だった二人の出会いは何度読んでもいい。夫も子供もいる年上の美しい人妻と恋に落ちた、十九歳のテレーズの歓喜と恍惚と不安、そして溌剌とした心の動きの描写は素晴らしい。
  この小説がペーパーバックで出版されたときは、今よりもずっと性的嗜好に対する抑圧が強かった。そして当時の女性からはもちろん、男性からも、温かな感謝や共感の手紙をハイスミスはたくさん受け取ることとなった。いい話だ。
 傑作。