FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

仮想儀礼/篠田節子

 『インドクリスタル』のようなスケールの大きな作品から、中年男性の生涯の中の数年をつづった『銀婚式』のごとくさりげない作品までうまい篠田節子。この『仮想儀礼』はいつ読みたいと思っていたものの、読むと凄いエネルギーを吸い取られそうでためらった。
 結局年末年始に読んだ。
 予想は当たった。物語の世界に呑み込まれ、本を置いたあとはなにかを強く吸い取られたような気分で疲れてしまった。
 9.11の悲劇が起こっていたその矢先、失業者となった二人の男がビジネスとして始めた密教系の新興宗教(しかもそれは、男の内の一人が執筆したゲームブックが元になっている)、その栄枯盛衰を描いたものである。いや上巻での「栄」に比べ、下巻の有様は「衰」という漢字を当てるだけでは生易しく感じられるほどだ。それほど、この宗教団体は暗いところへと落ちていく。信徒に引きずられ、教祖であった男がもはや統率できなところにまでいってしまう。
 後半の危機迫る展開は、もはやなまじっかのホラー小説より怖い。最後もいい話風に見せかけ、結局皆さん「待っている」わけだから、物語の幕が閉じたあともこれからもひと悶着あるかもしれない。
 それにしても登場人物の皆さま、癖がある人間ばかりだが印象に残る。
 新興宗教を実業ならぬ虚業だとうそぶきながら、公務員から教祖となった正彦と、その相棒、話術にたけて女に弱い矢口。結局彼らがのちの惨劇の原因となってしまうのだが、彼らとて根っからの悪ではない
 この二人を取り巻く脇役も強烈で、ひたすら実直な斉藤、寺の息子であり、大学で専門に学んでいるため、正彦よりも宗教に詳しく切れ者の増谷、ゴッドバスターと仇名されるライター安藤……彼らの造形も抜群。また他の新興宗教の教祖、回向法儒はなにをやらかすかと戦々恐々としながら、結局あまり動きがなかった。
 一番破滅して欲しいのは井坂だったが、彼はすでに破滅していうようなものなので、これ以上落とすことはできないかもしれない。
 重い迫力のある傑作。

↑どちらもすごくいい