忘れゆく男/ピーター・メイ
スコットランドのルイス島を舞台にした三部作<ルイス・トリロジー>、『さよなら、ブラックハウス』に続く二作目である。
重度の認知症の高齢者が、老いという自分ではどうしようもない理由で「信頼できない語り手」となり、ところどころに欠落を伴いながらも過去の犯罪を回想するという設定は、アリス・ラプラントの傑作『忘却の声』を連想させられる。
フィンは冒頭で、エディンバラ市警を辞職するが、大事な女性マージョリーの父、現在は重い認知症を患っているトーモッドがある犯罪に関係しているかもしれないと知り、調査に乗り出す。一方、施設に入ることとなり、己を取り巻く現実さえあやふやなものと化したトーモッドは過去にひたる。孤児として送った、つらい少年自体の記憶を。
正直に言えば冒頭に登場する死体の正体と、その人物が誰になぜ殺されるかにいたったかについては、真相はかなり想定がしやすいが、視覚ばかりではない、嗅覚や皮膚の感覚にさえ伝わってくるようなスコットランドの美しくも厳しい自然や、登場人物の生々しい人間ドラマを描き出す筆致にはただならぬものがある。
この巻だけ読んでも話は十分理解できるが、訳者のあとがきにあるよう『さよなら、ブラックハウス』を読んでから、この巻に進む方がより趣が深い。
あとは最終作゛The Chessmen゛の邦訳を待つばかり。
秀作。
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↑アリス・ラプラント『忘却の声』。傑作サスペンス。