FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

海賊女王/皆川博子

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 十六世紀、ヨーロッパには海賊女王と呼ばれる女性が二人いた。一人はフランシス・ドレークやジョン・ホーキンスなどの海賊を頤使したイングランド女王エリザベス一世であり、もう一人はアイルランドでみずから海賊船に乗り、統率者として海を狩猟の場としたグラニュエル・オマリーだ。
 当時イングランドアイルランドに対し属国支配を強めつつあり、アイルランドはそれに反発するものの、氏族同士の内輪揉めが続き、団結してイングランドに立ち向かうことができずにいた。
 これは、晩年のエリザベス女王イングランドにおける宮廷内外で起こる陰謀と、ほとんどをアイルランドで過ごしたグラニュエル・オマリーの一生を描いた小説である。二人は同年の生まれであり、有する権力に大差がある身であるが、会見したことも一度あり、また同じ年に亡くなったともされている。
 実在のイコン作家山下りんをモデルにした長編『冬の旅人』、やはり実在の彫刻家カミーユ・クローデルをモデルにした短編「睡蓮」(『猫舌男爵』収録)などを初め、芸術家、あるいは芸術家気質の女性を登場人物にすることが多い作者に置いては極めて珍しい、女傑タイプの女性、そして女性政治家を描いた物語である。
 作中において二人の言動は語られるが、内面は語られない。本音らしきものを漏らすことはあっても、晩年のエリザベス女王の内面は、宰相ウィリアム・セシルの息子、ロバート・セシルの目を通して推し量られるのみであり、グラニュエルの内面は彼女の幼馴染みであり、側近であり、愛人にもなるアランの目を通して、推し量られるのみである。
 グラニュエル・オマリーの一生は「狩猟」と戦いの連続だった。常識の枠に囚われず、強く、野生的で、ときとして妖艶という、人が「女海賊」という存在に期待するであろう魅力をほとんどすべて備えている。一方、エリザベス女王の宮廷における陰謀の連続は、ローランド・エメリッヒ監督『もうひとりのシェイクスピア』の背徳性と陰鬱さを連想させ、従来の皆川博子ファンを喜ばせる。
 ユーモア色も強い本格ミステリ『開かせていただいて光栄です』と並び、作者の新境地である。
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