FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

人形/ダフネ・デュ・モーリア

 ダフネ・デュ・モーリアの新刊が出るのが素晴らしい。しかも「東風」という(嫌な)打ち上げ花火で読者の心に衝撃を与え、締めの「笠貝」で読者の心にいつまでも憂欝な余韻を残す構成も素晴らしい。
 収録作品には「飼い猫」や「ウィークエンド」など、うまく行かない人間関係、そのやるせなさや滑稽さを描いた普通小説にごく近いものも多いが、また解説の石井千湖が指摘しているよう、『レベッカ』につながるような「幸福の谷」というゴシック小説もある。
 しかしやはり白眉は、最初に書いた通り、最初の「東風」と最後の「笠貝」である。島で眠るように安穏に暮らしていた人々の前にある人物たちが変化とともに訪れ、惨劇が起こる。そして変化を起こした人々はいともあっけなく去っていく、あたかも残酷な風のように。しかし島の人々の心は、その人間関係は二度と戻らないだろう。
 「笠貝」はアガサ・クリスティの傑作『春にして君を離れ』を思わせる作品。女性の一人称で描かれるが、彼女が見ている彼女の世界と、第三者の見ている彼女の世界はまったく違うのだが、最後まで語り手はまったく気づかない。もしかして気付いているのかもしれないが、そこから目を背けているのかもしれない。
 ゴシックロマン『レベッカ』の作者としての印象が強かった作者だが、短編集も新たに出版されるようになっており、ダフネ・デュ・モーリアの世界をさらに知ることができる秀作集。