FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

薔薇の輪/クリスチアナ・ブランド

 『猫とねずみ』に登場したトゥム・チャッキー警部とカティンカという女性が再び登場する。
 エステラ・ドゥヴィーニュ、本名ステラ・ケンドリックスは絶大な人気を誇る美人女優だ。ただし彼女の人気は演技力ではなく、障害のある娘ドロレスとの心温まる交流を綴ったエッセイによって保たれていた。ところが愕然するようなことが起こった。ドロレスの父親にして夫、チンピラのアルが刑務所を出て、はるばると娘ドロレスに会いに来るというのだ。やがて殺人事件が発生する。
 役者の人気が演技力ではなく別のものに拠って立っている、しかもそれが障害を負いながらも健気に生きる可愛い娘との交流にあると聞けば、大抵の人間はある種のうさんくささを感じるだろう。すなわちエステルとそのスタッフが語るドロレスの姿は、本当にドロレスの真の姿なのか。周囲に受けるように、エステルに都合の良いように改ざんされているのではないかと。
 この『薔薇の輪』は殺人事件の謎を解くと同時に、ドロレスという不在のヒロイン……そう呼ぶには、まだ幼すぎるだろうか……の正体を探るミステリである。
 実際殺人事件が発生してから、トゥム・チャッキー警部は散々ドロレスに、ドロレスと呼ばれる存在にさんざん振り回される。
 サスペンス性十分、そして真相の切れ味十分の作品。ただし残るものはずいぶん苦い。
 この事件でもっとも惨たらしいのは、「あの少女が、本当はそうではなかったのに、実の父でも逃げ出すような醜悪な姿に仕立て上げられそうになったこと」であろう。
 トゥム・チャッキー警部とカティンカの登場するこの二冊だけのようだ。残念である。
 別名義で書いたものも含め、クリスチアナ・ブランドの作品も読みたい。しかしクリスチアナ・ブランドが描くロマンスってものすごく辛辣そうだ。