FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

ハリー・クバート事件/ジョエル・ディケール

ハリー・クバート事件 上

ハリー・クバート事件 上

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 スイスの青年作家が、アメリカを舞台に、フランス語で描いた小説である。
 とても面白いのだが、『ツインピークス』を思わせると書いてあり、読んでいる最中でいささか不安になった。
 当方は『ツインピークス』を実際に見たことはないのだが、あらすじとラストはネットで触れて知っている。これほどの分厚い本で人を魅了させておいて、ラストがあれだったら……と不安になったが、曖昧じゃない、はっきりとした結末が待っている。その前にも、二転三転とするあらすじが読者を揺さぶり、ミステリファンを喜ばしてくれる。もっとも驚くべきことに、ジョエル・ディケールは、ほとんどミステリを読んだことがないそうだ。
 これはミステリであり、恋愛小説であり、二人の男性の友情を巡る物語であり、ある日行方が分からなくなり、やがて白骨死体で見つかる、十五歳の少女ノラという「不在のヒロイン」を巡る物語だ。同時に作家の再生と挫折を描いた物語である。
 心から敬愛する作家であり、学生時代の恩師であり、年齢の離れた親友。青年作家……ただしデビュー作を書き上げた後、スランプ状態に陥っている……マーカス・ゴールドマンにとっては、高名な作家ハリー・L・クバートはそういった存在だった。
 ある日、ハリーの家の敷地から少女の白骨死体が見つかる。それは、かつてこの町で失踪したとされる少女ノラの死体と判断された。ハリーはノラとの恋愛を小説に書いて名声を高めた。しかし、その小説『悪の起源』を著したがゆえ、ハリーにはノラ殺しの疑いがかけられる。
 マーカスはハリーを救うため、真実を追い求めるため、そして真実を追い求めて掴んだ結果を小説にし、自分の第二作とするため、見て、聞いて、書く。そして「マーカスの作家としての再生が、ハリーの作家生命を殺してしまう」とい皮肉な結末を迎えることとなる。
 『ツインピークス』をちゃんと見たくなってきた。
 『ツインピークス』を意識して書いたと言われている、恩田陸『ユージニア』を再読したくなってきた。
 傑作。
 今年の国内ミステリのベストスリーは、若竹七海『暗い激流』、米澤穂信『満願』、そして植田 文博『経眼窩式』の三作で決まりそうだが、翻訳ミステリはのベストはジョエル・ディケール『ハリー・クバート事件』、ヘレン・マクロイ『逃げる幻』と、あと一つなにかいい作品が出てこないかな。