御子を抱く/石持浅海
久しぶりに、心の底から「気持ち悪い」と感じられる小説を読んだ。ホラー小説ではなくミステリ小説なのだが。
新興宗教の教祖の交通事故死と、その後の残された教祖の子供、父親と同じ事故によって昏睡状態に陥っている子供、そして教祖の内縁の妻、そして派閥を形成し分裂しつつある多数の門下生の姿を描いた小説である。
権力争いの中、教団の関係者が次々と殺されていく。御子はどうなるのか、そして連続殺人事件の犯人は誰なのか。
だがこの連続殺人事件の謎より、圧倒的に不思議でおぞましい謎がある。教祖の他者を洗脳する力である。人を引き寄せる姿が孔子を思わせるとされ、「彼と会うことは、彼の門下生になるのと同じ」と評され、大学を卒業後に就職活動である会社に行けば面接官を魅了し、職業や性別を問わず魅了された人間達は住居さえ変え、彼の近くへと引っ越してくるのである。
おそろしいほど影響力を持つ人間だ。
死者となっても彼が信者に施した洗脳は消えず、彼の幼い息子は御子と呼ばれ、信者同士の諍いが起きたとしても、別の信者が彼の名前を出せば、争いがあっさりと収まるほどである。
しかしながら描写を見る限りでは、この男は誠実さと真面目さを感じさせるが、カリスマ性を微塵も感じさせない。にも関わらず、どうやって他者を洗脳したのか。なにか隠された秘密があるのか。
…………これまでの記述は一応嘘である。
だが嘘であるのはただ一つ、教祖に当たる男性が教祖ではなく、ごく普通のサラリーマンであることだ。それ以外、幼い子供が御子と呼ばれたり、一介のサラリーマンの元に門下生が集い、門下生がわざわざ引っ越してきたり、就職活動で面接官まで魅了されたり、あとは殺人事件が発生することまで同じである。カリスマ性が感じられないのに、会う人会う人すべてを魅了していることも。
このシチュエーションは相当異様で、むしろ新興宗教の長とその信徒という設定であった方が、いくら不気味さが減るほどだ。
『月の扉』は現在でもなお、政治的そして外交的に重要な地点である沖縄が舞台なので「師匠」みたいな人物がいても一応納得できるが、こちらは無理だった。
わりと本気で「カリスマ性がないにも関わらず、どうやって他者を洗脳したのか。なにか隠された秘密があるのか」と悩みながら読んでいたが、そこは解明されなかった。
門下生連続殺人事件は読んでいるときは面白いが、謎解き部分がやや肩透かしだった。