凍氷/ジェイムズ・トンプソン
『極夜 カーモス』に続く、カリ・ヴァーラ警部シリーズ第二作。
作者はフィンランド人の女性を妻に持ち、フィンランドのヘルシンキで暮らすアメリカ人男性で、アメリカ人の妻を持ち、やはりヘルシンキで暮らすフィンランド人男性の主人公カリ・ヴァーラ警部と好対照を成している。
シリーズ二作目でカリが抱える問題は山積みだ。新しい相棒は明らかに問題があるタイプで、フィンランドまでわざわざやってきた愛妻ケイトの弟妹のどちらも、やはり問題を抱えている。ケイトが以前流産した事実とそのときの記憶はいまだ夫婦のどちらも苦しめ続けているし、周囲には秘密にしているが、頭痛が尋常ではないほど強くカリ自身の体調が明らかにおかしい。とどめとばかりに敬愛していた、今は亡き祖父が第二次世界大戦中に、ナチスのユダヤ人虐殺に加担したのではないかという疑いが浮上した。
ナチスとスウェーデンの関わりは、ヘニング・マンケル『タンゴ・ステップ』や、(ミステリ作家に戻って欲しい)カーリン・アルヴテーゲン『影』などでそれなりに知っていたが、フィンランドとナチスの関係はこれまで考えたこともなかった。情けないが、なにせフィンランドの歴史自体にあまり詳しくない。
今回物語の中で重要な位置を占める、第二次世界前後のフィンランドの立場と行動は、翻訳ミステリー大賞シンジケート「ほっこりしない北欧案内 (4)フィンランド編・前半」における、ヘレンハルメ美穂さんとセルボ貴子さんの対談「フィンランドの歴史」で触れられている。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20140623/1403478900。
大国とは言い難いフィンランドだが、改めて読むと凄い歴史だ。この物語の作中で、ある登場人物が言う。「(稀代の軍人にして政治家である)カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムがいなければ、フィンランドはソ連かドイツ、もしくはその両方に蹂躙されていただろう」。この台詞はおそらく真実なのだろう。
マンネルヘイムがいかに母国で敬愛されているかは、フィンランドで、2004年12月5日、Suuret suomalaiset「偉大なフィンランド人コンテスト」において第一位に選ばれていることで分かる。そして彼の肖像画はフィンランドの通貨に使われ、通りの名前にもなっている。
しかしながら本作では「国父」カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムの実像、より正確に言えばその闇の部分を抉る。彼が戦争当時、ソ連やドイツから、フィンランドと自分を含めたフィンランド国民を守るためになにをしたのか。
そしてこのフィンランドの歴史と、現代のヘルシンキで起きたロシア人富豪の妻が拷問されたあげく殺された事件はいかに関わっているのか。
官能&バイオレンス描写がわりときついので、苦手な人は要注意だ。そして第一作『極夜 カーモス』のネタバレがあるので、シリーズ刊行順に読むことをお勧めしたい。
北欧のミステリ作家は、実に読者の関心をシリーズの次の巻へと向かわせるのがうまい。カリの仕事と私生活がこの後どうなるか、読者の心を騒がせたまま、この巻の幕は下りる。
カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムのウィキペディアはこちら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%A0
同じく冬戦争のウィキペディアはこちら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E6%88%A6%E4%BA%89
そして継続戦争のウィキペディアはこちら
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