FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

黒い悦びに包まれて/アナ・キャンベル

 ジョー・ベヴァリーと並ぶヒストリカルロマンス界の異端児アナ・キャンベル。
 今回も素晴らしかった。2014年に読んだロマンス小説の中で、もっとも面白かったのが、メアリ・バログ『秘密の真珠に』だが、二番がこのアナ・キャンベル『黒い悦びに包まれて』である。
 訳者のあとがきにもあるよう、脇役の造形が素晴らしい。ロマンス小説、ことに主役の二人が、十九世紀の英国貴族かその周辺の人間に限定されることの多いヒストリカルロマンスにおいては、ヒーローとヒロインはどれも似たような設定になりがちではあるし、脇役にいたってはもっとありがちになる。
 しかし、この『黒い悦びに包まれて』の脇役には個性がある。どうしようもない小悪党二人の言動にも、いかにもリアリティがある。そしてヒロインが付き添い役として仕え、ヒーローがその父親に復讐するために近づこうとする貴族令嬢カッサンドラがいい。
 ヒロインと主従関係にある同性の登場人物の場合、どうしようもない意地悪な少女か、あるいは恋のライバルで当然敗者(双方を兼ねることもままある)にされるのだが、本書においてはどちらでもない。
 このカッサンドラ、貴族令嬢らしく甘やかされていてわがままなところがあるが、基本的には聡明で冷静で、一人の人間としての自我も個性もあり、時として名うての放蕩者であるヒーローですらたじろがせる。
 ラネロー侯爵は、破滅させられた姉の復讐のため、貴族令嬢カッサンドラに近づこうと企む。カッサンドラの父親こそが、彼の姉の敵だった。しかしラネローは付き添い役のアントニアに惹かれる。ラネロー侯爵も事情を抱える身なら、アントニアもまた当時としては重い過去を抱える身だった。二人は恋に落ちるが、互いの事情が、過去が、大きな枷となる。
 傑作。

ヒストリカルロマンスの名作