FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

白ゆき姫殺人事件/中村義洋監督(ネタバレあり)

 今回は映画の真相に触れています。
 それでも良い方はスクロールしてお読み下さい。















 原作は湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』。未読である。
 美貌のOLが惨たらしく殺された事件で、ネット上で犯人に仕立てられた女性の悲劇と、殺人事件を描いたミステリ映画。ワイドショーの場面が、実にリアルだ。
 中村義洋が監督を務めた映画を見るのは初めてなのだが、ささいな場面や台詞だけで、多くの情報を読者に与える手腕が素晴らしく、ささいな言葉や台詞だけで、正しいものもそうでないものも含めて、多くの情報が伝わる、伝わってしまうことが、不思議なことにこの映画の内容と一致している。
 見てなによりインパクトに残るのは与えられる情報によって、次々と変わる容疑者の城野美姫、そして被害者の三木典子の印象である。
 物語の幕が開いたとき、被害者たる三木典子は死んでおり、城野美姫は失踪中なのだ。だから二人は、最初のうちは現在進行形で、画面には登場することはない。ただ周囲の人間によって語られるばかりの「不在のヒロイン」である。ちなみに「不在のヒロイン」が二人もいる映画も珍しい。
 三木典子は美貌で外面が良く、異性には愛されたが、内面は白ゆき姫に登場する邪悪な王妃のように嫉妬深く意地悪で、自分こそが苛められていた。そして男性は誰も三木典子の正体に気付いてくれない。これが城野美姫、そして真犯人が心の中で描いた三木典子像であろう。
 しかし、それは真実だっただろうか。
 上司はかつて城野美姫にお茶を淹れさせ、三木典子に客に運ぶように命じた。一見したところ、これは裏方の作業を地味な美姫にさせ、華やかな場面を美貌の典子にさせる、そんな場面に見えるかもしれない。しかし、そうではないことが、ある場面で示される。典子が淹れようとしたお茶は、茶葉がむやみに入ったもので、とても来客に出せるものではなかった。だから上司は、美姫に頼んだ。美姫が料理上手だったことを知っていたのかもしれない。
 そして、真犯人が自分は典子に苛められていた、そう考えていたのは、犯人の一方的な被害妄想だっただろうか。
 真犯人の行った悪事、職場での窃盗、美姫を操り、典子を殺させようとした事実は、典子の人間像の輪郭をいっそうあやふやにさせる。そして観客にはこう思わせる。典子は鈍感で、わがままな一面はあったかもしれないが、それほど邪悪な人間ではなかったのではないか、と。
 だが、それも本当だろうか。
 そうではないかもしれないという事実、少なくとも典子が真犯人をひどく虐める理由となったかもしれないある事実が、最後の最後でごく短い「上司の証言」として観客に差し出される。
 真犯人の方が、典子よりはるかに学歴が高かったのである。
 真犯人があと数年我慢して平穏に勤務していれば、(そして被害者もまだ会社に勤めていたならば)現在の上下関係は数年のうちに逆転し、真犯人は被害者の上司になっていただろう。より厭らしい言い方をすれば「典子を苛める」立場にさえなりえたにも関わらず、真犯人がこの点についてはこの点についてはほとんど意識していなかったであろうことが皮肉でもあり、哀しいことである。
 三木典子がお茶を淹れる場面も、彼女の学歴に触れる部分も、映画の中のほんの一瞬である。それにも関わらず、実に大きな情報を見るものに伝えてくる。
 湊かなえはしばらく離れていた作家だが、もう一度戻ろうかな。
 映画は、あの最後の最後の場面はいらなかった。「二つの窓の灯り」もしくは「無関係」のところで終わって欲しかった。
 傑作。