FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

楽園の蝶/柳広司

 一九四二年、満州を舞台にしたミステリ。
 満州という虚構の都市で、映画という虚構を紡ぎ出す男女を主役に据え、なにが大きな謎なのかなかなかはっきりと分からない、それでいて魅惑的な作品に仕上がっている。幽霊騒ぎなど小さな騒ぎは色々と起こるのだが、かなりあっさりと解決されていくので、衝撃は最後の最後まで残されている。
 あの時代、この都市、そして脇役として甘粕正彦や石井四郎という歴史に名前を……それも悪名を……刻んだ実在の人物を脇に据えているのだから、いくらでも派手な陰謀劇にできるはずだが、作者はあえてそうしてはいない。この時代と舞台でなければ起こりえない物語でありながらも、あくまで一個人の情念が作り出した「謎と解決」が用意されている。ラストは悲惨でありながらも甘美で、それこそ満州で大ヒットしているという美男美女が登場するメロドラマ映画(主役の青年は作り上げることができなかった)の雰囲気がある。
 京都の名門の御曹司、美青年の朝比奈は思想的な理由で日本に居辛くなり、満州映画協会に居場所を求める。しかし彼が目指したメロドラマは、ドイツ帰りの美貌の女性監督、桐谷サカエにことごとく没にされる。朝比奈はメロドラマではなく、現地のスタッフ陳雲とともに探偵映画を作ろうとする。しかし彼の周囲で謎めいた事件が起こり、怪しい人物が跳梁跋扈する。
 満州映画協会理事長、甘粕の悪魔的な人物像が実に印象に残る。
 同じ作者の『ロマンス』が気に入ったならぜひ。

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