FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

崩壊家族/リンウッド・バークレイ

 一夜にして自分以外の家族が全員失踪するという強烈なサスペンス性と、「出てくる登場人物ほとんどが事件関係者でした!」という腰が砕けていきそうなご都合主義のラストにより、印象に強く残っているリンウッド・バークレイの邦訳第二作。タイトルに共通点はあるがシリーズものではなく、家族が本当に失踪していた前作と違い、主役男性の家族は崩壊の危機を迎えているが、崩壊はしていない。
 かつては芸術家を志願していた中年男性ジムは、市長フィンリーの運転手を経て(彼を殴ってクビに)、現在は芝刈り業者になっている。妻エレンと十七歳の息子のデリクと、それなりの家庭を営んでいたが、ある日平和な生活が一変する。同じような家族構成、ただしずっと裕福な隣家の家族が皆殺しにされたのだ。同じ年齢の息子アダムとデリクは親友同士だった。
 やがて、犯行当日デリクが隣家にいたことが原因で、殺人容疑がデリクへとかかる。ずっと隠してきた秘密の一つとして、デリクはジムに、自殺したある青年が書き溜めていた、風変わりな官能小説を見せる。デリクは、その小説に見覚えがあった。その青年の名前ではない筆者のものとして発表され、おおいに評判を取ったものだ。
 息子が殺人犯人にされるかもしれない恐怖、そして真犯人は本当は隣家とジムの一家を間違えたのではないかという恐怖、この先犯人が自分達を狙うのではないかという恐怖、そして家族が崩壊するかもしれない恐怖と、ジムは数々の危機にさらされるが、重苦しい雰囲気を和らげているのが、ジムのかつての上司であるフィンリー市長である。この市長が悪党……それも、スケベで、酒乱で、強いものには媚び、弱いものにはつらく当たるちんけな小悪党なのだが……この男性がクライマックスでジムにされることも含め、物語に様々なおかしみを提供している。
 殺人事件の真相はやや強引な部分はあるが、意外性が感じられていい。
 秀作。