鍵泥棒のメソッド/内田けんじ監督
邦画洋画を問わず、今年見たものの中でもっとも面白いであろう映画。むろんこれ以上楽しめる映画が出てくれば、言うことはない。一切の事前情報を入れず、見た甲斐があった。
同監督『アフタースクール』ほどミステリの要素は強くないが、シチュエーションコメディの逸品である(もっとも最後の最後で明かになる金の隠し場所とその見破り方にも、ミステリマニアの心をくすぐるセンスが感じられる)
現代において「記憶喪失」、「まるで違う立場の人物の入れ替わり」という、手垢が付き過ぎていてどうしようもないような素材を使い、すぐれたエンターテイメントに仕上げている。
自殺を考えるほど冴えない毎日を送る売れない役者、桜井。彼は銭湯に行ったとき、いかにも裕福そうな男が銭湯の床で派手に転び、そのまま記憶を失う場面に遭遇する。桜井はその男、コンドウの財布と部屋のカギを盗み、彼の家や豊かな生活をも盗み取った。
だがコンドウが殺し屋と思しき職業だったことを知り、おそれおののく。しかも、どう見ても「その筋」の人々が、桜井をコンドウだと思い込み、依頼をしてくるのだ。
一方自分を桜井だと思い込んだコンドウは、几帳面にエキストラのバイトをこなし、役者の勉強を積んでいた。彼をなにかと手助けするのは、婚活中のキャリアウーマン、香苗。真面目一方の彼女は、恋愛マニュアルの本を読み、それに従って律儀に男性、つまりコンドウをナンパし、そのまま彼に恋してしまう。
コンドウと桜井、二人のノートに象徴されるよう、売れない役者ではあるものの一応まっとうな人間である桜井が万事につけて大雑把で字も汚く、殺し屋という誰にも名乗れない裏稼業につくコンドウが清潔好きで非常に几帳面、とにかく計画性があるという対照が面白い。
記憶を失ったコンドウが、自分を桜井だと思い込んで彼のアパートに住み込み、そこに身元を偽った桜井当人が訪ねてきて、アパートがあまりにもきれいになっているのを見て内心驚くというシーンがあり、ついつい笑みがこぼれる。
さらにヒロインの水嶋香苗の名前は、婚活中ということもあり、実在の犯罪者木嶋香苗を連想させられ、「なにをやらかしてくれるのか……」とはらはらさせてくれる。
香苗の父親が製作していたDVDや、「記憶を取り戻したコンドウが、桜井に演技指導する」場面や、ついつい笑ってしまう場面も幾つもあった。
ラストも良かった(エンドロールのあとで出てくるあれは蛇足だと思うけれど)
久しぶりにこの言葉を使う。大傑作。
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