FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

東海道四谷怪談/中川信夫監督

東海道四谷怪談 [DVD]

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 これもあらすじは知っていても、読んだことのない、そして見たことのない古典の一つ……と書きかけて、京極夏彦嗤う伊右衛門』という例外があることを思い出した。しかし京極夏彦のあの傑作は、「東海道四谷怪談」をベースとした物語としては、多分異色の部類に入るだろう。
 この中川信夫監督『東海道四谷怪談』の中では、伊右衛門は凄まじいほど悪の輝きを放っている。よくできた悪女映画ならぬ、悪男(という言葉はないけれど)映画である。
 江戸中期、備前岡山藩伊右衛門は身持ちの悪さと、浪人であることを理由に、愛する女、お岩の父から婚儀を反対されていた。伊右衛門は民の父とその友や家来を切り、他の犯人をでっちあげ、お岩とお袖の姉妹を仇討ちへと誘う。仇討ちへと同行してきたお袖の婚約者を滝壺へと突き落とし、伊右衛門はお岩を江戸へと連れて行く。
 そして夫婦となった二人だが、伊右衛門の怠惰な生活は改まらない。貧困に苦しむところ、旗本の娘であるお梅に惚れられた彼は、出世と富へと野心にかられ、お梅を妻とするため、お岩に二目と見られぬ醜貌に変わる毒を呑ませる。
 生命すら奪われてから、お岩の伊右衛門の深い愛情は、深い怨念へと変わった。やがて伊右衛門の上に怪異が次々と起こる。
 怪談映画なのだが、正直に言って、怪異が起こる前、つまりお岩が死ぬ前の方が面白い。
 伊右衛門と、伊右衛門の最初の悪行……姉妹の父親殺し……を目の当たりにし、そこで唯一生き残り、伊右衛門の相棒のような存在になる中間(従僕の一種)直助の、この二人の積み重ねる悪の行為が、観客の目を強烈に引きつける。直助は、お袖に横恋慕をしており、お袖を我が物とするべく数々の罪を犯していくのだ。
 テンポの良さと、役者の色気を感じさせるピカレスクロマンなのだが、お岩が亡霊となってからは、単純な因果応報ものとなってしまい、前半ほどの魅力を感じさせない。
 ちなみに、この美貌の悪漢を演じたのは、若かりし頃の天知茂である。邪悪な色男から、名探偵・明智小五郎まで芸域の広い俳優である。

嗤う伊右衛門 (中公文庫)

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