FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

痴人の愛/谷崎潤一郎

痴人の愛 (中公文庫)

痴人の愛 (中公文庫)

 これは日本を代表する「悪女小説」であると同時に、「人形の人形師への反逆の物語」ではないかと思う。
 例えば、光源氏は本当に恋しい女性が手に入らないから、彼女の面影を宿した幼い少女、紫の上を手に入れ、理想の妻となるよう教育を施し、やがて紫の上は浮気を繰り返す光源氏に対して決して悪感情を持たない、美しく優しく気品ある、光源氏の事実上の正妻となる。
 しかし、これが『痴人の愛』だとまったく逆だ。幼く、身寄りもなきに等しい少女を引き取り、自分の理想通りの女性に育てようとしたところ、自分こそが少女の虜になり、支配・被支配関係がいとも簡単に逆転する物語である。
 真面目なサラリーマン、譲治は西洋人女性の美に強い憧れを抱いていたが、自分が不細工な外見をしているので、到底白人女性には手が届かないと思い、せめてもの身代りとして西洋風の外見の少女を引き取り、理想の淑女として育てようとした。この少女をあえて選んだ理由は、人格が気に入ったという類のものではなく、目鼻立ちがバタ臭いばかりではなく、名前が「ナオミ」という西洋風だったから、というだけのものである。
 この発想はいかがなものかと思われるもので、のちに譲治がナオミによって加えられる数々の恥辱に対する同情も目減りする。
 ナオミはいくら教育を仕込んだところで、優雅さも知性も身につかなかった。代わりに成長すればするほど肉欲と物欲と虚栄心と狡猾さばかりが増していき、そしてそれらすべての欠点を補ってなおあまりあるほど、天性の色香と肉体美が増していった。
 西洋人コンプレックスはあったものの、謹厳な面も持ち合わせていた譲治は堕落し、ナオミは浮気し放題、男達の間で口にするのを憚るような綽名さえつけられる。しかし、

 「これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑ってください。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。」

 譲治自身は自分のナオミへの愛情をどうすることもできないし、他人から見てどう思われようとも、ナオミと夫婦であることを幸福に感じているのだ。この譲治の手記は、こうして締め括られる。


 「ナオミは今年二十三で私は三十六になります。」

 これからも、きっとこの夫婦には色々あるのだろう。

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)