FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

卍(まんじ)/谷崎潤一郎

卍 (新潮文庫)

卍 (新潮文庫)

 まだ読んでいない古典の一作…ではなくて、学生時代、谷崎潤一郎の作品をまとめて読んだときに、手に取ったことがある。正直に言って、そのときの感想は「関西弁の女性の一人称って読みにくいものだな」という味もそっけもないものだった。そして、内容と言えば「女性同士の同性愛の物語だった」という以外、なにも覚えていないという情けないものだった。
 今、読んでみると感想は全く違う。この小説、女性同士の同性愛はむろん出てくるが、それ以上に同性も、異性も、すべてを虜とする谷崎潤一郎お得意の「悪女」ものだったのだ。
 「先生」と呼ばれる人物に、かつて人妻の身でありながら、美女光子を愛し、その関係に溺れたと告白する園子未亡人(そう、それほど昔のことを話している様子はないのに、なぜか園子は人妻から未亡人になっているのだ。ここですでに不穏なものが見え隠れする)。しかし光子は、女性ばかりではなく、男性をも己の魅力に溺れさせ、悦に入る女性だった。
 園子は一度は光子から逃げ、献身的で家庭的な妻たらんとするが、結局光子の魔力からは逃れられず、そればかりか光子の周囲の男性はもちろん、園子の関係者の男性も光子に溺れ、やがて破滅していくのだ。
 谷崎潤一郎の中で大傑作とは言えないものの、内容と語り口から来るこの粘り気、この妖しさは他にない。偶然『痴人の愛』と続けて読んだのだが、いかに……なにを今更、誰でも知っているよという声も聞こえてきそうだが……作者が、男を、この場合は女も、性的に支配する「妖婦」なるものに憧れていたかが伝わってくる。
 余談だが、光子と園子が文通に使う際、使っている文房具を、谷崎はやけに細密に描写しており、そのけばけばしさ(華やかさをとうに通り越している)を想像してみるのも楽しい。明治、大正時代の関西の一部の女性の間では、実際にこんな文房具が使われていたのだろうか。

甦る小林かいち―都モダンの絵封筒

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小林かいちの魅力―京都アール・デコの発見

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↑最近読んで面白かった往年の京都のイラストレーターに関する書籍である。