FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

双頭のバビロン/皆川博子

双頭のバビロン

双頭のバビロン

 中国における文芸作品の中のヒロイン、木蘭は、たおやかな娘の身でありながら、徴兵された老父に代わり、男装して従軍し、勝利して故郷に戻る。京劇の俳優は男性ばかりだから、この「男装の美少女」の役回りを、東洋人の美しい男性俳優が演じる。
 この幾重にも倒錯した、耽美的な世界を思い浮かべ、主人公の一人が陶然とするという場面があるが、このシーンに象徴されるよう、何重にも倒錯したイメージが物語のどこを切り取っても、つきまとう小説である。
 『開かせていただき光栄です』で新境地を開拓した皆川博子だが、この『双頭のバビロン』が持つ手触りは、主な舞台になる土地は違うものの、『薔薇密室』や『伯林蝋人形館』といった作風に近い。
 このたびの舞台は、上海と聖林(ハリウッド)だ。かたや他国に侵略され、占領され、無理やり西欧化されつつも、元々のアジアの猥雑さを残した都市。かたや映画という華やかな虚飾の世界をしきりに生み出す都市。
 この二つの都市を行き来するのは、切断され、引き離されて育ったかつての結合双生児ゲオルグユリアンだ。名家の跡取りとして育ち、新大陸に渡って映画監督として名をなしたゲオルグと、存在を抹消され、欧州でひどく閉鎖的な環境で高度な教育を受けて育ったユリアン。異形の双生児の運命は、ひどく複雑に絡み合っていく。結合双生児ならぬドッペルゲンガーを見たものは死を免れ得ないと言うが、ゲオルグユリアンが顔を合わせればどうなるのか。
 ほんのちょっとしか登場しないものの、実在の京劇の名俳優、梅蘭芳も実に魅力的に描かれている。
 傑作。

薔薇密室 (ハヤカワ文庫 JA ミ)

薔薇密室 (ハヤカワ文庫 JA ミ)

伯林蝋人形館 (文春文庫)

伯林蝋人形館 (文春文庫)