FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

アブロサム、アブロサム!/ウィリアム・フォークナー

アブサロム、アブサロム! (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-9)

アブサロム、アブサロム! (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-9)

 まだ読んだことのない古典作品。ウィリアム・フォークナーと言えば、読んだことがあるのは短編「エミリーに薔薇を」だけである。あれもゴシック小説の雰囲気たっぷりの物語だった。アメリカ南部のある謎めいた男が築いた、屋敷の誕生と消滅を描いた、この『アブロサム、アブロサム』も同様である。
 イギリスを舞台にしたケイト・モートン『リヴァトン館』の著者解題で、


 過去につきまとわれる現在。家族の秘密へのこだわり。抑圧された記憶の再生、継承(物質的、心理的、肉体的な)の重要性。幽霊屋敷(とりわけ象徴的なものが出没する屋敷)。新しいテクノロジーや移ろいゆく秩序に対する不信感。女性にとって閉鎖的な環境(物理的にも社会的にも)とそれに伴う閉所恐怖。裏表のあるキャラクター。記憶は信用ならないこと、偏向した歴史としての性格を帯びること。謎と目に見えないもの。告白的な語り。伏線の張られたテクスト。


 という文章があるのだが、その文章はこの作品にもあてはまる。「祀られている人が多すぎるほど詰まった霊廟のような家庭で育ち、平和と安楽のうちに暮らしながらも、父親と叔母と姉の夫を憎むことのほかに時間を過ごすすべてを知ら」なかった老女ローザは、九月の午後、藤の咲き匂う古家で、クェンティン青年を相手に語る。
 一八三三年ミシシッピに、フランス人の建築家と黒人奴隷の集団を連れて現れ、壮麗な屋敷を築き、大農場主と成り上がったトマス・サトペンという悪漢の生涯を。彼はローザの姉、エレンと結婚し、サトペン一族の長となり、ヘンリーとジュディスという、兄妹をもうけた。強い力を持つようになった彼だが、トマスがどこの出身で、そしてどのようにして富を手にしたのか、誰も知らなかった。
 長じてジュディスは、ヘンリーの親友チャールズと婚約することになったが、ヘンリーは結婚直前というときにチャールズを殺害し、行方をくらました。ヘンリーがなぜ友にして妹の婚約者を殺したのか、それも分からないことだった。
 読者が抱えることになる謎は、下巻で明かされていく。黒人奴隷の怨念が染み込んだような湿気と熱気の多い土地、ひどく閉鎖的な環境に置かれる女性達、悪漢であり、強烈な君主である父、近親相姦や同性愛の匂いのする関係、とゴシック好きのつぼをことごとく刺激する作品。おまけにきっちりと「館は炎上」する。お約束を守っている。
 上巻はローザの話が行きつ戻りつするため、いくらか入り込みにくいところがあるのだが、下巻になってからぐっと読みやすくなる。
 ちなみにタイトルの「アブロサム」とは、旧約聖書に出てくる、父ダヴィデに反逆する息子の名前である。
 ロバート・アルドリッチ監督『ふるえて眠れ』のようなゴシックサスペンス映画や、イアン・ソフトリー監督『スケルトン・キー』のようなゴシックホラー映画に続き、また忘れがたいアメリカ南部を舞台にしたゴシック小説に触れることができた。

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