FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

最初の刑事/ケイト・サマースケイル

最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

「「detect (看破する、探偵をする)」 という語は、ラテン語の 「de-tegere」 つまり 「おおいをはがす(unroof)」 に由来し、探偵 (detective) のもともとの姿はユダヤの悪神アスモデ、家々の屋根をはがしてその中の生活をひそかにさぐる跛行の魔神だった。(中略) ロード・ヒル殺人事件に関する著書のなかでステイプルトンは、ケント一家が暮らす家の 「プライバシーをのぞき込む」 アスモデの姿に模して、この事件への世間の熱中ぶりを表現した」(234頁) 

 旧サイト及びこのサイトを通じて、ノンフィクションの感想をアップするのは初めてである。しかし無茶苦茶面白かった。あまたの作家が、この「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」にインスパイアされ、作品を創造したのもよく分かる。
 ヴィクトリア朝イングランドの南西部の小さなカントリーハウスで起こった事件で、現場は密室、犯人が内部のものとしか思えない状況、使用人から後妻となった女性とその子供、彼らと前妻の子供と確執、そこに現れたスコットランドヤードのベテラン刑事。警察官の夫から情報を聞き出し、自分なりの推理を企てる素人探偵風の女性や、警察を辞して私立探偵になったものも現れる。
 実際に起こったことでこんなことを述べるのは不謹慎かもしれないが、ややわざとらしいほど典型的なマナーハウスものの本格ミステリのあらすじのようだ。
 本当のミステリならばスコットランドヤードからやってきたウィッチャー警部が名探偵とした颯爽と解決するところだが、現実はそうはうまく行かない。
 これはカントリーハウスで起きた殺人事件を描くとともに、「現実はなぜそうはうまく行かない」かを、書いたノンフィクションである。「現実はなぜそうはうまく行かないか」の様々な要因として、当時のヴィクトリア朝の「上流階級はこうあるべき」がという人々の価値観がその一つとして挙げられている。
 「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」ではうまくは行かなかったが、ウィッチャー警部は決して無能なのではなかった。「刑事課のプリンス」と呼ばれ、大小様々の犯罪者を逮捕している(このヴィクトリア朝の大小様々な犯罪者のくだりを読むだけでも面白い)し、彼はウィルキー・コリンズの名作『月長石』の名探偵、カッフ警部のモデルともなっている。
 このノンフィクションは、中途で意外な展開を見せ、さらに結びでは著者が「この犯罪は、この人とも関わりがあったのではないか」と示してみせている。それも非常な説得力を持って。
 傑作。下手なミステリをよむより、よほど面白かった。英国ミステリファンのみならず、ヴィクトリア朝という時代が好きなむきにもお勧めしたい。

ネヴァーランドの女王 (新潮クレスト・ブックス)

ネヴァーランドの女王 (新潮クレスト・ブックス)

↑同じ作者のノンフィクション。こちらも良さそうだ。
月長石 (創元推理文庫 109-1)

月長石 (創元推理文庫 109-1)

↑傑作ミステリ。同じ作者の『白衣の女』もぜひ。