FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

銀幕に夢をみた/ニーナ・ルヴォワル

銀幕に夢をみた (PHP文芸文庫)

銀幕に夢をみた (PHP文芸文庫)

 精緻で端正な文章、巧みな語り口、物語が進んでも、なかなか真相を知らされない焦燥感、そして最後に読者が知らされる痛ましき悲劇……トマス・H・クックの記憶シリーズを思わせる作品だ。もし、彼が書いていたとしたら、銀幕と、主人公がすでに老人ということをかけて、『銀の記憶』というタイトルにでもなっていたかもしれない。
 アシュリー・ベネット・タイラー。映画監督である彼が被害者となった殺人事件は、何十年と時を超えた今となっても未解決のままだ。当時、あの事件は周囲の人間たち、特に彼の映画に関わったスター達に大きな影響を与えた。日本人でありながら、二十世紀初頭にハリウッドでスターとなったジュン・ナカヤマもその一人だ。彼は事件ののち引退し、現在ではすっかり世間から忘れられている。そのはずだった。
 だが過去の罪は長い尾を引く。年老いた彼のもとに、一本の電話がかかってきた。サイレント時代のスターを探していた若いライターがジュン・ナカヤマに興味を惹かれ、インタビューを申し込んできたのだ。
 そして彼は思い返す。日本から身一つで渡り、大スターへの階段を駆け上がったみずからのことを。
 それから周囲の女性達……やはり同じく日本人で、女優兼劇作家で、いかにも大和撫子めいた淑やかさを持ちながら、アメリカで己の道を切り開く強さを有していたハナコ・ミナトヤ。
 そして悲惨な幼年時代を送ったものの、妖艶な美貌を活かして映画スターと成り上がったエリザベス・バンクス。彼女はセクシーであることと、スキャンダラスをあまりに撒き散らすことで、本来の鋭い演技力に注目されることが少なかった。また子供の頃のつらい思い出から逃れるため、酒に逃避することがままあった。
 新進女優、まだ二十歳前後だった、若く、可憐なノーラ・ミントン・ナイルズ。彼女には母親ハリエットがぴったりとついており、ハリエットの女優としての生活すべてを管理し、監視していた。
 映画そのものの変化、そして戦争の勃発など時代の変化、そしてなによりジュンやエリザベスやノーラにとって身近な存在だったタイラーが殺されたことが、彼らの生活をすっかりと変え、そののちの生涯における精神的な安寧を奪うこととなった。
 静謐さと不穏さを同時に感じさせる語り口、悲劇とその真相、事件関係者達が陥ってしまった悪い運命……最後の最後で読者が知らされるある真実は、なかなか後味が悪い。
 作者ニーナ・ルヴォワルは、日本人の母とアメリカ人の父を持ち、日本で生まれて、日本とアメリカ、双方で育った。初めて邦訳された『ある日系人の肖像』が気になり、所有しているものの、情けないことにまだ読んでいない。
邦訳第二作目のこちらを先に読んで、一作目もぜひ読まなくては、という気にさせられた。
 「回想の殺人」が好き、文学的な雰囲気のミステリが好き、そしてもちろんトマス・H・クック「記憶」シリーズが好き、という読者にはぜひお薦めしたい一作。いい作家と出会った。
 余談だが、このタイラー殺人事件は、実際に起きた(そして解決されなかった)ウィリアム・デズモンド・テイラー監督殺人事件をモデルにしているとのこと。

ある日系人の肖像 (扶桑社ミステリー)

ある日系人の肖像 (扶桑社ミステリー)