FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

黒影(かげ)の館/篠田真由美

 「建築探偵桜井京介」シリーズの本篇十四作目である。作者のあとがきによると、この『黒影の館』の次の巻、『燔祭の丘』が最終巻になるとのこと。シリーズを通して読んでいなければ、それまでの登場人物の抱える事情が分らず厳しい面はあるが、それでも力作と言える。それ自体が一つの小宇宙を成しているかのような美しく大きな館、日本にありながらも、特異な形で他国と結び付いた閉鎖的な名門、互いに複雑な感情を抱きつつ離れられない館の住人達と、これまでの桜井京介のシリーズものよりも、ゴシック・ロマンス「さいはての館」シリーズを思わせる(ちょうど本作品の舞台となる屋敷も、北海道のはてにあることだし)
 桜井京介が消え、残された人々は呆然とする。そして神代宗は回想する。初めて彼と出会ったときのことを。
 一九八〇年、秋。若き神代は、姉の夫であり、養父である男性の突然の死に衝撃を受ける。旧知の実業家、門野貴邦に誘われ、北海道の僻地へと足を向けた神代。やがて出会ったばかりの男が毒殺され、門野はみずからの意志で姿を消す。殺人犯人に仕立てられかねない状況の中で、彼は身を守るために土地の名門久遠家へと逃げ込む。
 彼が顔を合わせたのは、忌まわしい歴史を持つ久遠家の、どことなく狂ったような人々だった。館の中で彼は、当主の息子で、絶世の美貌と高い知性を併せ持つ少年、叡(アレクセイ)と出会う。彼の母、ソフィアは三年前、この館で不思議な死を遂げていた。やがて神代自身も生命を狙われる。
 叡がいかに美しく、賢く、そして稀有な魂を持つか延々と聞かされると、気恥しいものがある。だがここ数冊、小説としても、ミステリとしても、桜井京介シリーズに物足りないものを感じていた身としては、この物語の持つ迫力に素直に酔いたい。「さいはての館」と一部似通ったテーマを用いているのだが、これを書かせるとこの作家はうまい。
 次の巻は、桜井京介と家族との決着、そしておそらくは久遠家の持つ謎の解明がなされると予想される。この国を持ってきたならば、あの王朝が手で来るのだろうか。楽しみ。