FAIRY TALE

ハンドルネームは八尾の猫です。耽美と翻訳ミステリが大好きです。旧ブログはhttp://d.hatena.ne.jp/hachibinoneko/、メールアドレスはaae22500@pop21.odn.ne.jpです。

伯林蝋人形館/皆川博子

伯林蝋人形館

伯林蝋人形館

 傑作の多い彼女の欧羅巴ものの中でも、一際頽廃的で美しい作品。
 第一次世界大戦の敗戦からナチスが台頭するまでという、ドイツ史の中でも、そしておそらく世界史の中でも激動にして稀有の時代を切り取り、舞台に据えた傑作である。
 貴族の家柄に生まれ、幼くして愛国的な軍人となるものの、友と人生の意義とを失い、ジゴロへと成り果てたアルトゥール。帝政ロシアから一家でドイツへと亡命し、その混乱した情勢の中ドイツもまた去ることとなるナターリャ。彼らを初めとし、登場人物達は出現しては輪舞のように絡み合い、そしておおもとの場合は堕ちていく。 輪舞の中央に位置しながら、己自身もまた輪舞する人間の群から逃げられないのは男装の芸人ツェツィリエ。醜い容姿と特異な性的な魅力を持つ女。そして皆川博子の描く登場人物にしては珍しく、この世に完全にあいいれることができぬよるべなき魂と、大地に脚を下ろして立ち、世間や他の人間を鋭く見据えて強く生きていこうとすることのできる不屈の意志の力の、双方を併せ持つ女性である。このツェツィリエが魅惑的だった。
 小説全体を包む、病めるがごとく美しい雰囲気と、「彼らの間で結局なにがあったのか」という謎で読者を牽引する極上の物語。ドイツ史に無関心でも面白く読むことができる。